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くつしたに入れて


 日が傾いた頃から降り続いている雪は、一向にやむ気配を見せない。窓の外は真っ白で、部屋の白い壁との境目がわからなくなりそうだ。このまま朝まで降り続いたら、まるきり真っ白になるまで積もってしまうかもしれない。ひとりで見る景色としては、いささか寒々しくて、私は布団に潜り込んだ。部屋の中は温かいけれど、それでも自分の体を抱き締めずにはいられない。

「ああああ、もおおお」

 きつく目を閉じて、低くうなる。うなっていないと暴れ出しそうなのだ。お腹を抱えて痛みに耐えて、ずっとずっと耐えて、それなのにひとりぼっちで。せっかくの夜なのにあんまりだ。せめて今日じゃなく、日付を選んでくれたら良かったのに。あと数日大人しくしてくれたっていいじゃないか。二十四日の夜なんて、絶対に私がひとりきりになるって決まってるのに。

 窓の外はイルミネーションに雪がちらついて、どこまでもロマンチックで、それなのに私の痛みは増す一方で、もうどこが痛いのかすら曖昧だ。涙すら出てくるのに、それを拭ってくれる人は誰もいない。一緒にいてくれるって言ってたのに。

 痛みの感覚が縮まり始めて、もうすぐだと悟った。こなくそ、と私は覚悟を決めた。負けてたまるか、本当に頑張る必要があるのはこれからなんだから。部屋を移る連絡だけ入れて、私は臨戦体勢を整えた。見てろよ、息子だか娘だか知らないけど、ママには敵わないんだって教えてあげるんだから。



 夜がすっかり更ける頃、窓の外の雪はいよいよ厚く降り重なり、白く雪化粧された家々の屋根が薄く光るようだった。空は暗い帳を落としていたが、未だ降る雪もあって眩しいほどの明るさがある。

「立ち会うって決めてたのに……」

 仕事を切り上げて病室に飛び込んできた旦那様は、真っ白に雪を積もらせた頭を拭き終え、ようやく人心地ついてそう呟いた。

「まあ、二十四日じゃあね。忙しかったでしょ?」
「おかげさまで、ケーキは完売したよ。飛び込みのお客様も多くてね、大目に焼いておいて良かった」
「そっか、お疲れ様」
「いや、そっちこそ」

 そう言って、まだ冷たさの残る手で頭を撫でてくる。

「お疲れ様」

 私は目を細め、隣の小さなベッドで眠る小さな小さな女の子の方を向いた。それに倣うように彼も顔を傾ける。遅ればせながら我が子との対面を果たしてから、目尻は下がりっぱなしだ。この子がいつか大きくなって、結婚なんてことになったらびしょびしょになるまで泣いてしまいそうだなあ、なんて思う。そんな気の早いことを想像しながら二人の顔を見ていたら、目元がそっくりだったりして、まだ痛みと疲れの残る体がほっこりするようだった。

 時計の針がてっぺんに向き、日付が変わる。大きな靴下があったらこの子を入れても素敵かもしれない。毛布の代わりにでもして。それはそれはきっと可愛いだろうなと思うと私も自然と笑みを浮かべた。この世界で一番可愛い小さな女の子に似た口元を緩ませて。







  了








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