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まちがいさがし


 当たり前だと思っていることが唐突に覆されると、人はまず驚くよりも先に唖然とするものだ。例えば、お淑やかだと信じて疑わなかった年下の可愛い(体つきは華奢で肌は白く、何より僕好みの長く綺麗な黒髪で本当に可愛い)彼女に、電話越しに「悪いけどあんた飽きたから別れるわ」なんて言われた日には、魂が抜ける。絶対に抜ける。



「妹なの」

 まだ若干魂が抜けたままの僕を大学の学食に捕まえて、月子は言った。

「私の携帯電話に保さんから電話が掛かってきたのを見て、妹が、勝手に出ちゃったの」

 彼女はいつもこんな感じにぽやぽやと喋るのだけど、明らかに思考能力が落ちている今の僕にはいっそ丁度いいペースだった。

「いもうと、さん? いるって、初めて聞いたんだけど」
「うん、初めて言ってます」
「間違いなく月子の声だと思ったんだけど……」
「双子なの。一卵性。声も同じなのね、よく間違われるくらい。わからなくてもしょうがないと思う」

 電話を変わる前に切られてしまったとか、掛け直そうにも電話を持って逃げられてしまったとか、勝手に着信拒否の設定に変えられていて直し方がわからなかったとか、月子は両手で持ったお茶を飲み飲み説明する。

「普段は勝手に電話に出るようなことしない子なんだけど、保さんの名前見て、かっとなっちゃって」
「かっとなった?」
「私が誰かと付き合うと、いつもそうなの。ちょっといじわるになって。でも可愛いんですよ。元気で、賑やかで。保さんも、会ったらきっと仲良くなれると思うんですけど」

 仲良くなれるかどうかはさておき、確かに別人だったと考えた方がしっくりきた。声こそ同じだったものの、態度の違いは豹変したにしたってちょっと行き過ぎている。僕の精神衛生を鑑みても、そう考えた方が良さそうだった。

「仲、いいんだね」
「うん」

 そう返事をする月子は眩しいくらい朗らかに笑っていて、やっぱりあの電話の向こうにいたのと同じ人だとは思えない。

「ええと、ごめんなさい。驚かせちゃったでしょう? 月乃ちゃんには、ちゃんと言っておきましたから」
「月乃ちゃん、って言うんだ」
「そう。二人とも、月夜の晩に生まれたから。私が三日月で月乃ちゃんが満月、なんて言ったりしてるんですよ。二人、同じなのに全然違うから」
「そっくりだけど似てないってこと? 一卵性でも性格は違ったりするみたいだけど、そんな感じなのかな」
「そう、月乃ちゃんは格好良いんです。私はどっちかというと守られてばっかりで。小さい頃もね、一緒に遊んでて男の子にいじめられたりすると、月乃ちゃんが助けてくれたんですよ。それが本当に格好良くて」

 さしずめ、僕はそのいじめっ子だと思われているんだろう。撃退された男の子は、好きだからいじめちゃうってこともあっただろうに。

「双子ってことは、同じ歳だよね。大学生?」
「うん、ここの大学ですよ」
「え、そうなの? それで今まで会ったことなかったっていうのは……ひょっとして、避けられてた、かな」
「ええと、たまたま、じゃないでしょうか。ほら、学科が違うと会わなかったりするし、保さんは学年も違うし……」

 そう言いながらもそうでないと知っているのが見て取れた。本当に、月子は嘘が下手だ。

「……保さん、今日、暇ですか?」
「今日? うん、空いてるけど。バイトもないし、授業も終わったし」
「だったら、うちに来ませんか?」
「月子の家?」

 付き合い始めて三ヶ月、実は今まで一度も行ったことがなかったので、ちょっとときめいた。

「月乃ちゃんと一緒に住んでるんです。先に帰って待ってたら、きっと会えると思うから」

 今まで行ったことがなかった理由がわかったところで、さて次の問題だ。

「……歓迎してもらえるかな」
「……たぶん」

 さすがの月子でも、そこは断言できないようだ。どうやら大分手強いらしい。

「でも、仲良くなってくれたら、嬉しい、です」

 月子の上目遣いに(背が低いからいつもそうなんだけども)めっぽう弱い僕としては、そう言われて断れるわけがなかった。

「わかった、行かせてもらうよ。僕も月乃ちゃんに会ってみたいしね」

 返事代わりの満面の笑みを見て、よし、と気合を入れ直す。彼女の妹と仲良くなれれば、彼女との仲も進展するかもしれない。いや、断じて下心はないにしても、月子が笑ってくれるならある程度は頑張れる。それくらいの威力が彼女にはあった。

「あ、保さん、携帯電話の番号、また教えてもらえますか? 月乃ちゃん、登録してたのまで消しちゃって」

 壁は、なかなか、高そうだけども。



 初めて訪れた月子のアパートは、大学から徒歩圏内で二階の角部屋、目の前には小さいながら交番まである、かなりの好条件な物件だった。

「お邪魔します」
「はい、どうぞ」

 中に入った感じも、決して広いわけではないが女の子が二人で住むには手頃に思えた。脚の短いテーブルに座布団が二つ。流しには揃いのカップが仲良く並んでいる。姿見がひとつだけあって、同じ格好の二人が代わる代わる鏡を覗き込む様子が頭に浮かんだ。

「いい部屋だね」

 姉妹の分しかないという座布団を丁重に辞退して(僕らで使っては後が怖い予感がした)、薄いカーペットにあぐらをかく。部屋の中をぐるりと見回しながら、なんとなく、月乃ちゃんの方がこの部屋に決めたのだと思った。しっかりしてるんだろう、月子の分も。

 インスタントコーヒーのおまけみたいなカップを預けられ、二人で取り留めのない話をしながら月乃ちゃんの帰りを待った。経過時間に比例して、否応なく緊張が高まる。月子はわくわくしているのか、終始にこにこしていた。いや、彼女も緊張を紛らわすためにそう振舞っているだけかもしれない。ともあれ、何を話していたのかよく思い出せないような時間だった。

「もうすぐ帰ってくるよ」

 しばらく経ってから、月子は不意にそう呟いて、スカートの裾を緩やかにひるがえしつつ立ち上がった。連絡が来たわけでもないのに、僕の二杯目と一緒に二人分の紅茶を用意し始めている。予言めいていると茶化すより先に、玄関でドアの開く音がした。生憎と、月子はまだキッチンだった。

 目が合うと同時に、僕はやはり唖然とした。次いで、キッチンを見返した。そこに確かに月子がいることを確認して、もう一度玄関を向く。細身のジーパンを履いているカジュアルな立ち姿は、月子には珍しい。

「――月子!」

 叫んだのは僕ではなかった。聞き慣れた月子の声。いや違う、月子ではない。

「なんであんなの連れ込んでんの! うちには連れて来るなって言ったじゃん!」

 月子がこんなことを言うわけがない。断じて月子ではない。僕には目もくれずに、月子と同じ長い黒髪をなびかせてキッチンまで駆け上がった女の子に、本物の月子が振り返った。

「おかえり、月乃ちゃん。レモンティー、飲むでしょ?」

 全く動じずに、笑顔で揃いのカップの片割れを差し出している。渋い顔ながらもカップを受け取った月乃ちゃんは、勢いを収束させて居間に戻る。さすがだ。さすがですよ、僕の彼女は。

「保さんも。ブラックです」
「うん、ありがとう」

 結局座ったままだった僕のところまでカップを届けて、月子は笑う。この笑顔に勝てない気持ちは、実によくわかる。たとえ自分と同じ顔だったとしても、内側から滲み出るものがあると言うか、マイナスイオンか何かが出ているとしか思えない。

「月子はこっち」

 僕の向かい側に座布団を二つ並べて、月乃ちゃんが言う。やっぱり座布団を使わないでいたのは正解だったようだ。

 月子が隣に座ると、まさしく、鏡合わせだった。

「で、何しに来たの」

 服装の違いよりも、表情の作り方が一番の違いだった。顔の作りが同じなのにおかしな話だが、本当なのだから仕方がない。同じなのに全然違う、とはよく言ったものだ。その正反対振りまで含めて、鏡合わせと言うに相応しい。

「何しにって……その、月乃ちゃんに紹介してもらうため、かな」
「気安く呼ばないで」

 ある意味テンプレート通りとも言えるような毛嫌い振りに、いっそ胸がすいた。ここまで正面切って嫌われる体験なんてそうそうない。いや、まるで嬉しくはないんだけれど。

「月子、本当に、こいつ?」
「うん。月乃ちゃんも、この間電話で声は聞いたでしょ? この人が、今お付き合いしてる、保さん」

 カップを傾けてミルクティーを飲んでいた月子が応える。飲み物といい、僕への反応といい、好みが違うのは明らかだ。

「よろしく、お願いします」

 カップを置いて、小さく頭を下げながらそう言ってみる。とりあえず、歩み寄るしかない。

 月乃ちゃんは僕から視線を外し、レモンティーを見つめて、美味しく頂いた。

「ねえ、月子」

 無視、は、その、困る。僕だってそんなに社交的なわけではない。果たして、歩み寄りで近付けるだろうか。それ以上の速さで逃げられているとしか思えない。

「あたしが電話で話してたの、聞いてたでしょ? 月子のふりして出たんだけど、覚えてる?」
「そりゃあ覚えてるよ。隣にいたんだから」

 脳内で、ぎくり、と鳴る音がした。そう、あの時はじめは月子だった。いや、月子だと思っていた。だからいつも通り、油断して、気楽に話し掛けたのだ。次のデートの件で掛けていたものだから、浮かれてもいた。そのタイミングで、あれだ。心が割れてもおかしくないんじゃないかと思う。僕の側に立って言えば。

「あたしは、あたしと月子の区別もつかない奴なんか、認めない」

 来た、と思った。内心は、全然違うくせに真似るからだろ、と悪態も吐きたいところだったが、元々あった罪悪感がそれを押し退ける。

 月乃ちゃんの言う通り、僕は、二人を区別することができなかった。

「でも、そんなの。電話だったら、お母さんだって間違うことあるじゃない」
「それでも許せない。あたしだったら嫌だもん、自分の彼女もわかんないなんて」

 ごもっとも、なのである。双子の兄弟なんていないけど、僕だって嫌だ。

「それは、本当に、ごめん」

 悪いことをしたとは心底思っているので、脳裏に浮かぶ様々な言い訳をどうにか飲み込んで、それだけ言う。

「ほら、保さん、謝ってくれるもの。素敵でしょ?」
「謝れば済むと思ってるんじゃないの。月子、優しいから」
「そんなことないよ。優しいのは、保さん」
「甘いってば、月子。そんなだからこういう適当な男に引っ掛かるんでしょ」
「適当じゃないってば。ちゃんと選んでるよ」
「消去法とか?」
「違うってばー」

 うちには男兄弟しかいないので、こういういかにもな女の子同士のやり取りを間近に見るのは新鮮だった。どこで口を挟んでいいのかさっぱりだったので、黙ってコーヒーを飲む。空になるのを恐れてじわじわ舐めていたのだけれど、無駄な抵抗というか、会話の種よりもコーヒーの方が尽きるのは圧倒的に早かった。

「あんたも何か言ったらどうなの。他人事みたいな顔しちゃって」

 不意にそう言われ、一瞬、どちらに声を掛けられたのか判別に悩んだ。もちろん、月乃ちゃんに決まっているのだが。

「いや、二人で話してるの、楽しそうだったから」

 嘘ではない。女の子の会話に男の口出しは無用だ。同じペースで話せるとは思えない。何より、いつもより活発に話す月子を見てるのは何だか嬉しかった。

「月子から聞いてはいたけど、仲いいんだなあと思って。邪魔できなかった」

 歩み寄り歩み寄り、と口内で唱えながら精一杯の笑顔を見せる。年上の落ち着きとか余裕なんてものを見せるなら今だ。今しかない。

 しかし、返ってきたのは呆れたような溜め息だった。

「可愛いとか子犬みたいとかは百歩譲っておいて置けるとしても、こいつが頼りになる殿方だって言うのは、月子の感性疑うよ」

 どういう言われ方をしてるんだ、僕は。

 結局この後も長々と話は続いたのだけれど、思った通り、進展はなかった。月乃ちゃんは僕を頑なに拒否するか中傷するかだったし、月子はやんわりフォローしたりたまにのろけてくれたりするくらいで、進展するはずがなかった。傍目に聞いていても、平行線を辿っているのは火を見るより明らかだ。

 で、気が付いたら三人で食卓を囲んでいた。もちろん提案したのは月子で、テーブルに並ぶ品々を作ったのも月子だった。時間が時間だということで、せっかくだから、と月子が推しての夕食会である。僕と月乃ちゃんに、それを断ることはできなかった。唯一にして最大の共通点だと思う。僕らは月子に弱い。

 とはいえ、その食事風景にしたって和やかにとはいかなかった。月乃ちゃんは何度言っても僕に醤油を取ってくれることはなかったし、一度として目を合わすこともなく、僕の分の食器だけ洗わずにいた。気持ちにゆとりがなかったせいで、月子の初めての手料理だというのに、ちゃんと味わえなかったことだけが惜しい。嫌というほど距離感を思い知った僕は、食事に同席できただけ奇跡だったと思うことにして、おとなしく退散する運びとなった。玄関まで、一応、二人とも来てくれた。

「二度と来ないでくれる? 大学でも会わないでくれると嬉しいんだけどな」

 見送りの言葉として、これは、なかなか、どうして、心が痛い。

「月乃ちゃん、どうして保さんにそんなにいじわる言うの? 今までの人には、そこまできつく言わなかったのに」
「だって、月子、いつもと違うから」
「いつもと違うって?」
「……あんたにはむかつくから言わない」

 ああ会話してくれた、と思う辺り、今日一日でどれだけ疲弊したかわかって頂けるかと思う。

「やっぱり、駅まで送ります」
「いいよ、大丈夫。その後の月子の方が心配だしね」

 納得しない月子をどうにか収めて(ここで送らせた日にはもはや月乃ちゃんと友好を築く手立てがなくなりそうだ)、ついでにふつふつとわき上がる不平不満を自分の腹にどうにか収めて、精一杯の笑顔を返す。

「それじゃあ、お邪魔しました。夕飯もごちそうさま」
「お粗末さまでした」

 月子の目一杯の笑顔で、どうにか心の平穏を保つ。うん、来て良かった。すぐ隣にいる仏頂面さえ目に入らなければ、素直にそう思える。

「……また明日、学校で」

 言った者勝ちだとばかりに、月乃ちゃんの方は見ずに僕はそう言い逃げた。ほんの少しだけ、いい気味だと思いながら。



 しかし、次の日からは、大学構内で月乃ちゃんはおろか月子に会うことすらままならなかった。一度捜し歩いていて二人が揃っているところに出くわしたものの、先に月乃ちゃんに見つかったせいで引き離されたし、前に月子が言っていた通り学年が違えば頻繁に巡り会うこともない。携帯電話に掛けてもまた着信拒否にされているし、見られるかもと思うと迂闊なメールは打てないし、そうこうしている間に一週間が過ぎてしまった。

 なんてこった、と溜め息が出た。たった一人の邪魔が入るだけで、こんなに遠くなってしまうなんて。こうなったらこちらから向こうのアパートに押し掛けて直談判するしかないだろうか、と腹を括ろうかという時に、電話が来た。月子から聞いて一応登録だけしていた、月乃ちゃんの電話から。しばらく液晶画面を見つめて固まってから、謹んで、出させて頂いた。

「……もしもし」
「保さん? 私、月子です」

 あれ、とうっかり声に出すのをこらえてから、どうしてこらえなきゃいけないんだと軽く混乱した。良かった、出てくれて、と続ける声を慎重に吟味する。この声は、本当に、月子なのだろうか。そう考え始めてしまったら、もう駄目だった。

「……どうして、その電話から?」

 恐る恐る探りを入れてみる。本当に月子が掛けて来たにせよ、月乃ちゃんが月子の振りをしているにせよ、月乃ちゃんの電話から掛けてくる意味がわからない。

「月乃ちゃん、また私の携帯電話持って行っちゃって。お返しに勝手に借りちゃってます。この間番号を教えてもらった時に、番号、覚えたから」

 なるほど、完璧な答えではある。問題は、それが用意されていたものなのかどうかだ。ここ数日で学んだ限り、月乃ちゃんは手段こそ強引だがなかなか賢いのである。

 さて、もし本当に月子だとしたらこんなに嬉しいことはない。一週間溜まりに溜まった思いを語り尽くしたいところなのだけれど、そこで「なに調子乗ってんの?」とでも返されようものなら再起不能は間違いない。というか、そうなってしまったら居たたまれなさで消え入りたくなる。

 わかれよ、俺。彼女だろ。

「保さん? 聞こえてます?」

 どう頑張って聞いても月子の声にしか聞こえないのに、前科が足枷になって上手く声が出なかった。

「……今から、会えないかな」

 そう返したのは、実に情けない苦肉の策だった。

「今から、ですか?」
「うん、直接話したいんだ。二人で」

 会えばわかるんだ、だから。思惑をぐいと飲み込んで、返事を待つ。名前を呼ぶことはできなかった。

「わかりました。私も会いたい」

 呆気ないほど簡単に同意を得られたことに、ほっとして、胃が痛んだ。



 待ち合わせた駅前に着いた時、向こうは既に待ち構えていた。上は短い丈のワンピースで、膝から下にジーンズの脚が覗いている。ワンピース自体はふわふわと揺れていて、月子でも月乃ちゃんでも着ていそうな格好だ。ただ、両腕をがっちり組んで、僕を睨み付けているわけだけれど。

「何の話があるって?」

 その言い方が挑発的なものだから、むきになって言い返さないように抑えるのにちょっと時間が必要だった。

「……話くらいあるよ、付き合ってるんだから」

 まあ、まるきり挑発に乗らずにいられるほど、僕は大人ではないんであった。

 ここに月乃ちゃんがいるということは、やはりさっきの電話は月子からではなかったんだろうか。でも、いや、だって、と頭の中がぐるぐる回る。

 なんで、こんな思いしなくちゃならないんだろう。

「もう、邪魔しないでくれないか」

 半ば八つ当たりだとは自分でもわかっていた。

「……邪魔? あたし、何か邪魔なんてしたことあったかな?」

 もちろん、八つ当たりだけでこんな薄暗い気持ちになるわけがない。

「いつもしてるじゃないか。僕からの電話を切ったり、月子の電話を隠したり、大学じゃ月子連れて逃げるし――今だって、月子が電話で僕と会う話をしてたから、押し退けて代わりに来たんじゃないのか」

 やっぱりさっきの電話の相手は月子だと信じて、僕はそう言い放った。勢いに任せて口から出てきたと言った方が正しいかもしれない。とにかく僕は苛ついていて、もういい加減限界だった。

 月乃ちゃんは反論しなかった。いつもより少し真面目な顔付きで僕を見返している。僕も負けじと目を離さない。睨む、とまではいかないのは、別に険悪になりたいわけじゃないからだ。仕業は憎らしいけど、月子の妹だし、月子の大好きな子なわけで、仲良くなりたいと、思ってはいるのだ、僕は。

「別に、月子じゃなくてもいいんじゃないの」
「……何言ってるんだ」
「いつも可愛い可愛い言ってるみたいだけど、それってちょっとタイプだってだけでしょ? だったら、別に月子じゃなくてもいいじゃん。似たような感じでもっと楽に付き合える子ならさ、いくらでもいるでしょ」

 どうして、この子は、こんなに。

「――言わせてもらうけど、見た目だけで付き合えるほど人間関係割り切れる性格してないよ。そりゃ可愛いよ、月子は。でもそれは中身だってそうだし、仕草も言葉遣いも全部そうなんだよ。君だってそんなに月子が好きならわかるだろ? 僕が好きなのは月子なんだから、月子が好きで付き合ってるんだから――君にそんなふうに文句を言われる筋合いはない」

 言い切った後、息が切れている自分に気付いた。かろうじて声こそ抑えたものの、言い方としてはかなりのものだったろう。普段怒り慣れてない性格なもので、心臓がばくばくしていた。

 とんでもなく長い(ような気がする)沈黙が続いて、先に口を開いたのは向こうだった。

「――良かった」

 そう言って返ってきた満面の笑みに、僕の心臓は、ちょっと止まった。

「つ……月、子?」
「うん、そうです」

 僕は驚く間もなく、声も出せずに呆然とした。電話で月乃ちゃんと初めて話した時と同じだ。あの時と同じ、いや、ショックはもっと強い。声真似だけじゃないなんて聞いてない。

 月子は呆けた僕をにこにこ見つつ、嘘ついてごめんなさい、とぺこりと頭を下げた。次いで、でも、と頭を上げる。

「嬉しかったです、すごく。私ばっかり好きなんじゃないってわかったし」

 ものすごく嬉しいことを言われているような気がするけど、脳内処理が追い付かない。

「……電話は?」

 わたし、と月子が自分を指差す。進歩はした、と評価してもらえるだろうか。無理だと思うけど。

「月乃ちゃんはああ言うけど、私はいいんですよ。保さんが私と月乃ちゃんを同じくらい好きでいてくれたら」

 そう言いながら、月子は僕に背を向ける。

「でも、見て、わかってくれたら、もっと嬉しいです」

 はい、ごめんなさい。まったく面目ない。

「精進します……」

 僕は月子を追い、隣に並びながらうなだれた。情けないことこの上ない。本当に、月子は僕のどの辺りを見て「頼りになる殿方」なんて評価をくれたんだろう。自分のことながら理解に苦しむ。

 と、不意に僕の手をぎゅっと握る華奢な手があった。

「わかるようになるまで一緒にいてくれなきゃ、嫌ですよ」

 隣を見ると、必殺の上目遣いで僕を見上げて面映い笑顔を浮かべた月子がいた。

 ああ、やっぱり、敵いませんよ。末永くよろしくお願いしますと、照れ笑いを浮かべながらそう返す。まったく、僕の彼女は最強なんであった。







  了










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  御題 「双子」

euko様、1001ヒット報告ならびに御題提供ありがとうございました。
キリ番が鏡合わせだったので、似てない双子にしてみました。いかがでしたでしょうか。
いつもの雰囲気からはちょっと浮いてますが、物凄く素直に書けました。楽ちんでした、正直。
コメディの力は、もっと欲しいなあと思うこと頻りでしたが。精進します、はい。






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