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でこぼこ


 朝の行為はスポーツに似ている。健全で、健康的で、短距離を駆け抜けるような潔さがある。私の準備を整えて、位置についてよーいドン、でおしまいだ。それは少し滑稽で、けれど愛らしい。

 シャワーの水音が、カーテンの隙間から差し込む光を縫って聞こえる。ベッドに横たわったまま首をひねってベッドサイドの時計を見ると、九時を回ろうというところだった。朝と言うにはいささか遅いかもしれないけれど、まだまだ今日という日は残っている。

 寝返りを打つと、シーツの感触が素肌にくすぐったかった。体の奥底に残る甘い余韻はゆうべのものだろう。目を閉じて、ゆうべと同じベッドの上で思い出すと、おなかの奥がぐうっと熱くなるようだった。夜の艶めかしさがくっきりと思い出される。指先で肌に残るゆうべの跡をなぞると、湿り気を帯びた息が自然ともれた。

 と、水音が止んだ。だらけたままの格好で待っていると、タオルを腰に巻いただけで出てきた彼と目が合った。

「なんだ、まだ起きてないのか」
「ん。疲れちゃったから、もうすこし」
「だらしないな、若いのに」

 そう言いながら頭を撫でてくる手つきはとても柔らかで、私は返事の代わりに笑って見せた。子ども扱いも猫可愛がりも、素直に喜んで受け止める。そうすることで彼もまた喜んでくれる。

「腹、減ってるか?」
「うん、少し」
「じゃあルームサービスで何か頼むといい。僕の分も適当に頼むよ」

 そう言い残して髪を乾かしに洗面所へ戻る彼の背中を、髪から流れたしずくが伝う。最中はよっぽど爪でも立ててやろうかと思ったけれど、結局背中はきれいなままだ。跡を残す勇気が私にはなかった。

 私がこれっきりにすると決めているなんて、彼は気づいてもいないだろう。秘密は自分から言うまではいつまでも秘密のままだと、そう信じているのかもしれない。単にいつ切れても構わない相手だと思われているのなら、それならそれで、私はもう構わない。ひどい男だったと諦めもつく。ただただお人好しなだけで誰も傷つけないために秘密のままにしようとしているのだとしても、ばかな男だと罵ることができる。

 そうではなくて、もし、ほんの少しでも私を選びたい気持ちを抱いているのだとしたら――それが何より、私を傷つけえぐるだろう。どんな思いを抱いているにせよ、彼は私を連れて表で食事をとるなんて発想すらしてはくれないのだから。

 裸のままでルームサービスのメニューを眺めていた私は、戻ってきた彼をまた見つめた。どこまでも鈍感で、無邪気で、仕方のない人。

「なに? 何か言いたそうだ」

 そこまで気づけるのなら、いっそ全て察してくれればいいのに。そうすれば私から切り出すこともないのに。

「……ううん、また今度ね、言いたいことがあるの」

 今度、会社で会ったら部下の顔をして言おうと思う。結婚記念日おめでとうございます、と。それまでは、束の間のふたりきりを楽しもう。日が暮れるまで、まだ時間はあるのだから。







  了








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