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あしたてんきにしておくれ


 窓際で頬杖をついて外を見る。景色は何も変わらない。灰色の空気、空から降るいっぱいの線、地面でぴしゃぴしゃ跳ねる水、街灯でぬらぬら光るアスファルト。うんざりな景色。腕にあごを乗せたまま顔を上げると、役立たずのてるてるぼうずが初詣で見た大きな鈴みたいにぶら下がっていた。視界いっぱいに降る雨にはまるっきり太刀打ちできてない。

 ぱんぱん、と手を打って、そのまま手を合わせて、目を閉じる。

 かみさま、どうか、どうか、明日を晴れにしてください。運動会で、ぼくは勉強ができないので、でも走るのだけはほんと得意なので、好きな子の前でいい格好したいんです。かみさまー。

 ついでに、ええと、すがれるだけすがっとこう。かみさまほとけさまてるてるぼうずさま、なむなむ、あーめん、どうかよろしくお願いします。

 合わせていた手を組んでみたりしつつ、むう、と祈り続ける。祈りながら、もっとしっかりお祈りの仕方を覚えておけばよかったとか、お供えをしてみたらどうだろうとか、いろいろ考えたけど、うるさい雨音がじゃまをしてちっとも集中できなかった。



 ため息まじりに顔を上げると、外はが真っ暗になっていた。雨音は続いてるけど雨は見えない。いつの間にこんなに暗くなったんだろう。

「やれやれ、一体何に祈ってるのかね」

 え、と思って目をこらしたけれど、窓の向こうは真っ暗なままで何も見えない。前から聞こえた、気がする。たぶん。

「え、あの、かみさま?」
「さあ、どうかな。まあいいよ、かみさまで」
「あの、かみさま、お願いがあるんですけど」
「ああ、雨でしょ。聞こえてましたよ」
「ほんとに? じゃあ、あの」
「無理だよ」
「え」
「いや、だって、もう台風が来てるんだよね。無理無理」
「うちの学校の校庭だけでいいんですけど」
「あのね、きみ、自分がどういうことを言ってるかわかってる? たとえばきみがね、素手で蟻の足を一本だけもいでくださいって言われてもできないでしょ? そんな細かいことは無理ですよ」
「そんなあ」
「ついでに言うとね、そんな蟻のことなんか知ったこっちゃないって思わない?」
「…………」
「まあ、ライバルの足を折ってくださいとか言わなかったのは殊勝だから、なんかいいことひとつくらいはあるよ。それじゃ、おやすみ」



 気が付いたらぼくはベッドの中で、窓の外は朝を迎えていた。窓際で眠ってしまったんだとお母さんが言っていた。

 窓の外は相変わらず土砂降りで、ぼくはしぶしぶ学校に行った。もちろん運動会は中止。授業はつまんない。

 けど、来る途中で傘が壊れてどうしようってなっていた隣の席のあの子と一緒に帰れた。その間だけ、心臓がどきどきと騒がしくて、うるさかったはずの雨の音が遠くに聞こえた。







  了








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