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blossom shower


 やあ、坊や、こんにちは。ご機嫌いかがかな。今日はあいにくの雨だけれど、しばらくここで休んでいくといい。その間に、私の物語りでも聞いてくれないか。暇潰しにはなるだろう。

 今日のような雨の日の話さ。音もなく、風に浮かぶ、まるで空がさめざめと泣いているような雨。そして本当に泣いている人がそこにいた。女の人だったね、あれは。何故泣いていたのかはわからないし声をかけることもできなかったけれど、とても小さく泣いていたのをはっきりと覚えている。誰にも見つからないように、誰の目にも留まらないように、小さく。

 彼女は人を待っているようだった。遠くをただじっと見つめて、立ち尽くしては泣いていた。頬を濡らしているのは雨ばかりではないのにね、彼女は拭いもせずに誰かが来るのをひたすら待っていた。春とはいえ濡れそぼって寒かったろうに、雨宿りできる場所を探すことも、傘を取りに行くこともしなかった。そこに、ちょうど今君が立っているところだね、そこに根を張って 微動だにしなかった。傘があれば入れてあげたかったところだけれど、残念ながら私は持ち合わせていなかった。薄暗い雨に彩られた公園に立ち寄る人なんかいなくて、いつまでも彼女は一人のまま。

 夜の帳が下りるころになって、ようやく彼女はどこかへと帰って行った。一人でね。結局、待ち人は現れなかったんだ。立ち去る彼女の脚は重くて、本当に重くて、その後ろ姿は小さく消えてしまうんじゃないかと思うほどだった。彼女について私が知っていることはこれだけ。けれど、この話には続きがある。

 すっかり日が暮れて、電灯が灯り始めた頃、暗がりの隙間を縫って駆け込んでくる人がいた。今度は男の人。雨はもう止んでいたけれど、汗でだろうね、彼はびしょ濡れだった。肺を切り裂くような大きな音を立てながら息を切らせて、けれども彼はそんなことお構いなしに辺りを見回して、がっくりと肩を落としていた。雨雲を晴らした空で星がちらちらと輝き始めていたけれど、彼の目にそんなものは映っていなかった。やはり彼はそこに立って、しばらくの間、立ち尽くしていた。二人の様は、驚くほどよく似ていてね。ここへ来るかもしれない、けれどきっと来ないだろう誰かを、そうとわかっていながらひたすらに待つような。ただ、立ち去り様はまるで違っていたね。彼の方はここを訪れた時のように力強く駆け出していたんだ。星よりも目映い光をその目に宿して。

 さて、それからずいぶんと経って、私も大きく太くなったものだ。今では君くらいなら雨宿りさせてあげることもできる。そら、また二人やって来た。雨宿りには定員越えだけれど、大丈夫、彼らは君を迎えに来たんだろう。わかるとも、君たちはとてもよく似ているから。笑う顔は、今初めて見たけどね。

 さあ、坊や、ご機嫌よう。今度は晴れの日に、私が咲き誇っている時分においで。その手を繋ぐ二人と一緒に。きっと、君たち三人はまだ私の芽吹く様を見たことがないだろうからね。その時は春色の雨を浴びさせてあげよう。心配は要らない、それは桃色の温かい雨だから。







  了








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