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夢を見るロボットの話


 ある誰もいないゴミ捨て場に、一台のロボットが捨てられていた。そこは生けるものがいる場所ではなくて、死んだものの居場所だった。ロボットがからだを起こすと、肩と腕とを繋ぐ部品がキィと鳴いた。足の付け根でも似た音が鳴った。ロボットはキィキィとからだ中を鳴らしながら歩き出した。



 ロボットの歩く道は、あの掃き溜めと似ていた。血の匂いと油臭さと腐敗臭とが混じったような空気の漂う道だった。ロボットには匂いを感じる機能が無かったので、気にせずに歩いていた。キィキィという関節の鳴る音が辺りに響いていた。何かぐちゃりとしたものを踏んだが、ロボットは足を止めなかった。

 ロボットの足を止めたのは、コンクリートブロックの隙間から顔を出している痩せ細った緑だった。ロボットはそれが花と呼ばれるものであることを知らなかったが、立ち止まって眺めていた。採取しようとからだを曲げた時、人間の悲鳴が聞こえた。それはロボットの関節から鳴る音と似ていた。ロボットは、自分のからだから鳴る音も悲鳴と呼ぶのだと認識した。声の元を見つけると、ロボットは叫ぶ女の上に乗って腰を振る男を突き飛ばした。ロボットの力は強く、屈強な体躯の男すらいとも簡単に地面に転がした。男は頭をしたたかに打ち、気を失った。ロボットは女を見た。女はロボットを見て震え、腰を着いたまま後退った。その顔を見て、ロボットは女が見知らぬ人間であることを知った。自分の持ち主ではなかったことを知った。そこで初めて、ロボットは自分の持ち主を捜していることに気付いた。人物認識のミスの末に必要の無い力の行使をしてしまった、とロボットは認識した。

「故障…、見受ケラ……ス。修理…必要ガ……マ…」

 ロボットの途切れ途切れの声は誰の耳にも届くことはなかった。女はもう逃げていたし、男は依然失神したまま汚れた地面にだらしなく転がっている。ロボットは伸びる男を迂回して再び歩き出した。花のことはもう忘れていた。



 ロボットの歩く道は、整然とした模様の続く真っ直ぐな道だった。沢山の自動車が走り抜けるのを避けながら、ロボットは歩いていた。その道には大勢の人間がいたが、誰もロボットに近付こうとはしなかった。ロボットの周囲だけは人間がいなかった。ロボットは立ち止まると、忙しく歩いている人間と車に乗っている人間を片端から見た。この街の人間は皆表情が無く、同じ顔が並んでいるようだったので識別に時間がかかったが、結局捜していた持ち主は見つからなかった。そうこうしているうちにサイレンの音が聞こえてきた。誰かが通報したらしく、にわかに辺りがざわつく。といっても、ぼそぼそと何事かを口にするのが自動車の走行音の隙間に聞こえる程度だったが。

「退避……ス」

 ロボットは早々にその場を去った。キィキィとからだを鳴らす音でどこにいるのかは誰の耳にも明らかだったが、わざわざ追ってくるものは何も無かった。



 ロボットの歩く道は、生き物が見当たらない荒廃した道だった。風の音と関節の鳴る音しかない道を、ロボットはひたすらに歩いた。砂が足の関節に入り、ガリリと音を立てた。それでもロボットは歩いた。気が狂いそうなほど何も無い、道と呼べるかも怪しいような場所を、ロボットはただただ歩いた。そして幾度となく朝と昼と夜を繰り返した頃、辺りに緑が広がった。遠くには人家らしきものも見えた。ロボットはペースを変えることなく歩き続けたが、そこに雨が降り出した。枯れ地にとっての恵みの雨はロボットのからだに染み込み、ついにはその動きを止めた。人家は目前だった。



 ロボットの運ばれた場所は、温かい空気の漂う部屋の中だった。もっとも、ロボットには温かさを感知する機能は無かったが。

「機能、再開…マス」

 立ったまま再起動したロボットは動き出したが、不思議とキィキィという関節の鳴く音は聞こえなかった。

「あ、起きたんだね」

 ロボットにはその声がどこから聞こえてくるのかわからなかった。

「ここだよ、ここ」

 ロボットが首を回すと、少女がひょこっと顔を出した。

「体は大丈夫?」
「問題…リマセン」
「そっか。よかった」

 少女はにっこりと笑うとロボットの腕を撫でた。ロボットは動かなかった。

 この場所は少女の家だった。少女は年老いた父親と二人で暮らしていた。少女の話では父親がロボットを見つけ、修理をしたということだった。

「アリガト…ゴザ…マス」
「ああ」

 父親は寡黙だった。少女はその隣で笑い、いつしかロボットもその中にいた。



 ロボットの歩く道は、畑へとつながる道だった。畑は豊かな実りを見せ、その周りに広がる荒地に一片の明るさを見せていた。かつて少女だった女は畑の中で作物を刈り入れていた。ロボットを見つけてにこりと笑う女は一人だった。

「オ手伝…シマ…」
「ありがとう」

 父親が他界してから数年が経っていた。ロボットは女に持ち主を重ねていた。実際、二人は年の頃も背格好も似ていた。

 女はロボットに笑みを浮かべ、孤独を癒していた。ロボットは女の手伝いをすることで毎日を暮らしていた。そうしているうちに日々は暮れていった。女とロボットの頭上を雲が流れるのと同じように、時間は確実に流れ過ぎていった。



 ロボットは立っていた。その横には女が横たわっていた。

 女は病に倒れ、畑に出ることはなくなっていた。彼女が苦しみ出した時から、ベッドから体を起こさなくなった時まで、ロボットはその傍らを片時も離れることはなかった。

 そして彼女は短い生涯に幕を閉じた。ロボットの隣で眠る女は、もうロボットに笑いかけることはなかった。

 目を閉じ物言わず横たわる女を見て、ロボットは思い出した。前にも似た風景を目の当たりにしたことがあることを。

「ゴ主人…マ…」

 女の安らかな寝顔がだぶった。

「ゴ主…サマ…」

 ロボットは何度も繰り返した。返事が返ってこないのは、今も昔も同じだった。

 ロボットは、捜し求めていた人がこの世にいないことを知った。また、自分を求める人がもう誰もいないことを知った。

 ロボットのからだがキィキィと悲鳴を上げた。その音は誰の耳にも届かなかった。

 主をなくした畑は、それからすぐに朽ちた。



 ロボットの歩く道は、枯れ木すらない荒れ果てた道だった。砂にまみれてれもロボットは足を止めなかった。雨は降らなかった。天高く鳥が飛んでいた。



 ロボットの歩く道は、無機質な人間の溢れる街を横切る道だった。冷徹な視線に囲まれてもロボットは足を止めなかった。静かだった。人の足音だけがやけに大きく聞こえた。



 ロボットの歩く道は、かび臭いうらぶれた道だった。どこからともなく呻き声が聞こえたが、ロボットは足を止めなかった。路地には影が射していた。花は枯れていた。



 ロボットの立ち止まった場所は、いつか目覚めたゴミ捨て場だった。ロボットの捨てられていたゴミの山に以前と変わった様子はなく、相変わらずのすえた匂いが浮かんでいた。

 山は、壊れたロボットで作られていた。同じ形のロボットが違った風に壊れて、倒れ重なっていた。その周りには様々な破片が転がっていた。

 ロボットは山の横に腰を降ろした。からだ中がキィキィと鳴く音は、風に吹き消された。仮にその悲鳴が辺りに響いたとしても、聞くことの出来るものはいなかった。

 頭を垂れるロボットは、自分のすぐ横に花が咲いていることに気付いた。小さな小さな花だった。ロボットはそれに見覚えがあることを思い出したが、いつどこで見たのかは思い出せなかった。ロボットはギギギと音を立てながら花に手を伸ばし、花びらに触れた。指先だけで、今にも壊れそうなものに触れるように、そっと触れた。

「オヤスミナサイ」

 ロボットは、いつか自分を必要としてくれた人が囁いてくれた言葉を呟いた。

 それが、ロボットの最後の言葉になった。





The story is machine dreamed death.







  了









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