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とわにともに


「……では、まず簡単に樹脂アクセサリーというものがどういうものなのかの説明からさせていただきますね。樹脂はレジンとも呼ばれることがあるんですが、まあ簡単に言うと透明なプラスチックのようなものを使ってアクセサリーを作ろうというのがこの教室です。ちょっと今回のサンプルをお配りしますので見てみてくださいねー」

 そう言うと講師の女性は小さなペンダントトップのようなものを小高く掲げた。スクールの受講者は四人ごとにテーブルについていて、大体が二十歳そこそこの若い女性だ。ところどころに、私と同じくらいの一世代上の、やはり女性。この中では講師が一番年輩だろう。愛嬌のある口調で手際よく講座を進めていく。私は初めての参加だが、彼女は何度もこなしているようだ。

 テーブルに置かれたサンプルは、丸い金属の皿のような土台に蝶のパーツが浮かぶものだった。ロングチェーンがつながっていてネックレスになっている。土台には小花柄の紙が敷かれており、ラメがちりばめられているのでだいぶ可愛らしいデザインだ。皿の上の世界はまるでガラスに閉じ込められているようで、これが樹脂なのだろう。透明なドームは硬質的だが、丸みがあるので子どもの頃に憧れたジュエリーのように愛らしく思える。

 三種類あるサンプルを同じ班の子たちと回し見すると、基本的な作りこそ同じでも、中に敷いてある紙の柄が違ったりパーツが変わることでがらりと雰囲気が変わることがよくわかった。作りようでは年輩の女性が持っていても違和感なく仕上げられそうだ。

「作るのはトップのパーツ部分になりますので、ストラップやネックレス、バッグチャームなどどんなふうに仕上げるか考えて作ってみてください。今回は体験コースですので使えるパーツには限りがありますが、配置を変えることでオリジナリティも出ますので楽しんでくださいねー」

 同席している子たちはすっかり打ち解けたようで、どんなデザインにするかきゃあきゃあ声を上げながら悩んでいる。私は薄っぺらな愛想笑いを浮かべ、手元の作業に集中した。元々器用な方ではないし、人見知りもせずにはしゃげる性格でもない。

 古紙風の楽譜と音符のパーツで、バッグチャームにしよう。色合いはおとなしく、でも可愛らしさもあるようにして。音楽は昔少しやっていたし、と思いながら配置を考えていると、楽譜の切れ端が脳内で鳴り出した。

 知っている、この曲。サティの『ジュ・トゥ・ヴ』だ。途端に苦々しい思いが蘇る。しかし、でも、と逡巡した後、結局私はその楽譜の欠片を使うことにした。見栄えがいいのだ、だから、と自分に言い聞かせる必要があった。

 楽譜を切りそろえて音符と一緒に皿の上に並べると、それなりの見栄えになった。絵心がなくても素敵に仕上げられるのはありがたい。同じ班の子にはイラストを手書きして閉じ込めている子もいたが、それもまた味があって素敵だった。普段から絵を描いているのだろう、ロゴのように整えられたサインが入った、とても繊細な絵だった。こんな風に絵が描けるのなら、ひょっとしたらそういう道に進むつもりなのかもしれない。生き生きとしていて、ちょっと気後れしてしまう。

「はい、大丈夫かなー。それじゃあ、いよいよ樹脂を使っていきます。今回はUV樹脂を使います。これは紫外線で固まるので、UVライトで照らして硬化させます。ジェルネイルとかする方だったらそれ用のライトでも代用できますよ。もちろん、一番お手軽なのはお日様ですけども」

 そう言って窓の方へ顔を向けたが、外はあいにくの天気だった。どんよりとした曇り空。固めるまではこれくらい曇っているか夜の方が自然光で固まらない分安心してじっくり作業できますよ、と講師が明るく言った。

 樹脂は黒いボトルに入っていて、ケチャップかマスタードを絞り出すようにして簡単に扱えた。とろりとしてきれいに透き通っている樹脂を皿に流し込む。ぐっと力を入れてぎりぎりまで流し入れると、表面張力でぷくりと盛り上がった。かわいい。少し胸が騒ぐ。

 同じテーブルの上に四者四様の樹脂アクセサリーが並ぶと、大振りなライトボックスにおさめられた。正直に言って、年甲斐もなく、わくわくした。ポジティブなことで胸が騒ぐのは久しぶりだった。

 家で作るときのコツだとか、隣接する手芸店で発売されているものの宣伝なんかを聞くこと十分弱、樹脂はあっと言う間に固まった。ライトボックスから取り出して恐る恐る触ってみると、確かに固まっている。つるりとした手触りの樹脂は楽譜と音符をしっかりと閉じ込めて、艶やかに見せていた。

 サンプルをお手本に金具をつけて、出来上がりだ。土台の皿や金具がアンティーク風のゴールドだからか希望通りのシックな雰囲気で、私はすっかり満足した。早速今日の鞄につけて帰ろうか、また改めて材料をそろえて別のアクセサリーを作ってみてもいいかもしれない。

「意外と簡単でしたでしょう? もしまた他のも作ってみたいって方がいらっしゃったら、いろいろ試してみてくださいね。この体験教室もいくつかありますし、また会えたらよろしくお願いします。それでは、皆さんお疲れさまでした」

 どうやらスクールは成功だったようで、皆私と同じように満足げな様子だった。お互いの作品を見せ合ったり、次の構想を言い合ったり、すぐに隣の手芸店に向かった人もいる。私はというと、出来上がったばかりのバッグチャームを鞄にどうやってつけようかともたもたしているうちに、最後のひとりになっていた。

 ちょうどいい、と思って片付けをしている講師に歩み寄る。

「普段手芸とかしなくても、思っていたよりきれいに作れて驚きました。とても楽しかったです」

 手を止めて振り向いた講師は、講義中と同じ人懐こい顔を浮かべて、いえいえ、とかぶりを振った。その弾みで首から下げたネックレスも揺れていた。小振りな懐中時計かと思って見ると、確かに針はあるが動いてはいない。透明な、きっと樹脂だろう丸い板の中に小さな針や歯車が閉じ込められている。私たちが作ったような土台はない。

「あの、それも先生が作られたんですか?」
「ええ。これね、ほんとに使ってた時計の部品をばらして閉じ込めたんですよ」

 そう言って、胸元のネックレスを掲げて見せる。

「主人からもらった腕時計でね。壊れて使えなくなっちゃったんだけど、捨てるのも忍びなくて、再利用」

 にこっと笑って見せた表情は、手元の時計だったネックレスに目を移すと穏やかなものに変わった。壊れてしまったものをばらばらにして閉じ込めたのではなく、できるだけそのままにそっと大事に仕舞ったのだというように。

「主婦の方かしら、また別の講座でこういうかたちのものも作ったりするから、もしお時間あるなら是非」
「……そう、ですね。時間ならありますから、またお願いするかもしれません」

 もう主婦ではないけれど、多額の慰謝料で金銭的にはまだしばらく困ることはなさそうだから少しくらいゆっくりしてもいいだろう。

「樹脂って半永久的に保存できちゃうから、自然と思い入れも出てきますよ。大事に使ってあげてください」

 彼女のように、大事にとっておきたいと思うようなものが私に残っていただろうか。

 鞄につけたチャームに目を落とす。閉じ込めた楽譜の曲をかつて弾いて贈ってくれた彼は、別の女にも同じことをしていた。子どもがいないのが救いだったが、それでも酷い消耗が私を襲った。やったこともない手芸の講座に衝動的に申し込むなんて、私にしてみれば現実逃避以外の何物でもなかった。

 けれど。もし本当に永久的に閉じ込めたままにしておけるのなら。その長い長い時間の中で、初恋の思い出として純化する日が来るかもしれない。あの頃の私が間違っていたとは思わない。初めて大事にしたいと思える人と出会えた瞬間だったことも、また確かなのだから。

 今日はありがとうございました、と告げると自然と笑みが浮かんだ。このまま手芸店に寄って、アクセサリー作りに必要な道具をそろえよう。次は何を作ろうか存分に楽しんで迷って、同じビルに入っているレストランでおいしいものを食べて帰ろう。そうしたらきっと今夜はぐっすりと眠れるだろう。そんな気がした。







  了








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