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あなたはとじこめられました。


 目を覚ますと、あなたは暗い野外に倒れていた。悪い夢を見ていたのか、体は冷や汗でぬれている。重い体をどうにか起こすと、風が生ぬるく頬を撫で、汗をいくばくか乾かした。しかし汗が引く気配はない。何故なら、目に入る風景には全く見覚えがなかったからだ。

 辺りは薄暗い。晴れた夜空に浮かぶ満月が辺りを照らすばかりで、照らし出される電灯はことごとく死んでいる。人の気配もない。焦りを隠せないまま周囲を見渡すと、あなたは今いる場所がどこなのかすぐに察した。

 誰もいないステージ、静かにたたずむ回転木馬、乗り場に停まったままのコースター、回ることのない観覧車。紛れもなくそこは遊園地であり、しかし営業していないのは一目瞭然だった。ただし、それがどこにある何という名の遊園地であるのかはわからない。沈黙した遊園地はどこか薄気味悪く、あなたの頬を汗の雫が滑り落ちた。

 ここにいてはいけない。本能的にそう悟り、あなたは出口を目指して足を進めた。歩きながら服を探るも、財布も携帯電話も何も持っていない。一体何があってこんなところにいるのか、誰かに連れてこられたのか、あなたには思い当たる節もない。ただ一縷の望みをかけて、外へ出るのが先決と信じて進むしかなかった。

 道標が機能していたのは救いだった。園内の看板にしたがって進むと、出入り口はすぐに目に入った。不安な気持ちに襲いかかられる前に。受付にも人の姿はなく、どこか予想通りと落胆しつつも、あなたは足を速めた。とにかくここから出られれば、タクシーを捕まえるなり何なりして帰ることもできるだろう。ひょっとしたら知らなかっただけで、案外自宅から近いのかもしれない。もしかして、もしかして……あなたは考えずにはいられない。今起きていることが現実とは思いがたかった。

 出入り口は駅の改札のようなゲートになっていて、誰もいないのに開くとは思えないが、簡単に乗り越えられそうな高さだった。しかし、あなたはそこから出ることができなかった。そもそもゲートに辿り着くことすら不可能だった。

 ゲートの手前には、遊園地の顔であるように門構えがこしらえられており、そこにはぴっちりと隙間なく、透明な板がはめ込まれていた。素材はわからないが、目一杯の力で殴っても割れない厚さであなたの脱出を阻んでいた。拳にはただ硬質な手応えが残るばかりで、なまじ向こうが見えるだけに焦りを生んだ。

 あなたは行く手を阻む透明な壁を調べずにはいられなかった。ここまできて手がかりすらないとは思いたくない。

 すると、中央からやや右寄りにくぼみがあるのがわかった。横長で、そう深いものではない。ジグソーパズルのピースがあれば丁度横並びにはまりそうな、でこぼこしたくぼみだった。

 丁度そのすぐ下、あなたの足元にひとつだけ透明なピースが落ちていた。置かれていた、というべきかもしれない。何者かの作為すら感じられるようにきれいに置かれたピースを拾い上げ、あなたは、凹凸から推測して一番左のくぼみへと押し込んだ。他に選択肢はなかった。

 ピースはぴたりとはまった。もう取り出せそうもないくらいきれいに。その瞬間、透明だったピースに赤い光が浮かび上がった。電光掲示板のようなものなのか、くっきりと浮かび上がったそれは直線の幾何学模様で、何を意味するのかはわからない。すぐ左に右向きの矢印も書かれていたが、四角を指しているのか、くぼみ全てを指しているのかすらわからなかった。

 そして周囲はぼんやりと赤く染まる。くぼみの下にはキーボードのように片仮名がずらりと浮かび上がっていた。何かを入力しなければならないことは、すぐに理解できた。

「アンゴウヲトイテクダサイ」

 キーボードと並んで、そんな言葉が現れていた。あなたの背中をぞわぞわとしたものが過ぎる。一体誰が何の目的で仕組んだのか、そんなことは一切わからなかったが、これからどうすればいいのかは本能的に悟ることができた。すっかり夜も更けて辺りには暗がりが落ちているが、幸い満月が道を照らしてくれている。探し物をするのは不可能ではない。

 集めたらきっと何か変化があると信じて、遊園地中を駆け回り、ピースを集めるより他はなかった。

 くぼみの形から想像するに、パズルはおそらく7ピースで完成するようだった。手近なアトラクションから回りつつ、あなたはピースを探す。そのついでに遊園地の敷地をぐるりと取り囲む壁を調べてもみたが、壁を壊すことも乗り越えることも不可能だと確かめたに過ぎなかった。

 白いコースター、フリーフォール、マスコットキャラクター、大きな観覧車……ピース自体は特に隠されてもおらず、見つけるだけなら難しいことはなかった。広大な敷地内をめぐるだけの体力が必要な以外は。

 ピースを集める最中、東西にあるステージではカードも見つかった。ピースと同じような素材でできているが、もっと大きく横長の長方形で、1枚には線と点の幾何学模様が描かれており、もう1枚には片仮名が書かれていた。







 どうやらこれで暗号を解くようだとあなたは想像する。手元に集まった2枚のカードと7つのピースを全て持って、あなたは残った体力を振り絞ってゲートへと急いだ。

 離れる前と何ら変わらない姿で、ゲートはたたずみ、透明な壁が立ちふさがっている。あなたは迷いなくピースをはめ込んでいった。全てのくぼみが埋まると、透明な壁は傷ひとつない美しい状態となり、赤く怪しく光った。





 あなたは浮かび上がった暗号文を、手元のカードと見比べる。線と点、片仮名、左から右へ。

 暗号文を7つの記号と見なして、記号と同じ模様を線と点のカードから探す。そして、それに対応する片仮名を拾い上げて……。

 カードを片手に持ち、暗号文を読み解きながら、あなたは一文字一文字キーボードに触れていった。

 コ、コ、カ、ラ、デ、ル、ナ。

 7文字ともに打ち込んだ瞬間、透明な壁の中心を縦に亀裂が走り、すっと音も立てずに静かに割れた。あっけなく開いた壁に、一瞬ためらいながらも、あなたは出口を目指して進んだ。外へのゲートはすぐそこだった。

 出口を目前にして、透明な壁を抜けたあなたは、そこに記された言葉が気になり振り向く。壁は既に閉じていた。触れてみても、もうどこに亀裂があったかさえわからない。ここから出るな。そんな言葉を示した暗号が、壁越しに、透けて見える。





 暗号は鏡文字となり、先ほどまでとは異なる言葉を示していた。あなたは手元にカードを持ったままである。一度解いた暗号を再び解き直すのはたやすいことだった。

 イ、ナ、レ、ド、モ、ウ……全て読み切るよりも先に、一番右にある左向きの矢印が視界に入る。

 知らず知らずのうちに後ずさりしていたあなたの体がゲートに触れる。あなたの手からカードが落ちた。もう必要ない。どうせ他に道はないのだ。ここから出る以外には、何を言われようとも。

 ゲートを乗り越えたあなたはそのまま外へ向かって踏み出した。が、その歩みはすぐに止まる。

 正面から、強い光が降り注ぎ、あなたは眩しさに目をつぶる。眼前に手をかざして見るも、あまりの光の強さにまともに正面が向けない。

「上出来だ」

 光の中に、人のような黒いシルエットだけが見えた。

「知力と体力。出るなと言われても留まれない本能。君には素質があるようだ」

 淡々とした口調で、男があなたにそう語りかけてくる。

「さあ、次はスタジアムだ。がんばってくれたまえ……」

 不意にかざされた手があなたの視界を黒く塗り潰した。そしてあなたは気が遠くなり……。



 目を覚ますと、あなたは暗い野外に倒れていた。悪い夢を見ていたのか、体は冷や汗でぬれている。重い体をどうにか起こすと、風が生ぬるく頬を撫で、汗をいくばくか乾かした。しかし汗が引く気配はない。何故なら、目に入る風景には全く見覚えがなかったからだ……。







  了








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