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再会


 いい加減収拾のつかなくなった部屋で、かろうじて残っているスペースに無理矢理腰を下ろして一息ついた。大掛かりな掃除っていうのはどうしてこうはかどらないのだろう。長年暮らした部屋はとっちらかりこそすれ、すっきり片づくとは思えない。

 そもそもものを溜めこむのは昔からで、色鉛筆、クレヨン、毛筆用具、画用紙、折り紙、シール、なんていういわゆるお道具箱の中身がそのまま取って置いてあるのだから始末に負えない。スクール水着が一式あったところで着る当てもなければ譲る予定もありはしないのだ。小学生の時に読んでいた漫画雑誌の付録まであったのには我ながら驚いた。物持ちの良さは、もっと役に立ちそうなものにだけ発揮されれば良いのに。実用的かはさておいて、昔書いた作文やアルバムは丁重に仕舞い直した。できれば誰の目にも止まらないように保管しておきたい気分ではあるけれど。

 十代の時に燃えるように好きだったミュージシャンのカセットテープは、ラジオ番組に五分だけ出たときのものまでしっかり録音してある。けれど、残念ながらプレイヤーの方が駄目になってしまっていたので泣く泣くまとめて捨てた。一本一本手書きのタイトルが書いてあって、ほんの少しだけ昔の熱さを思い出す。ラジオから歌声が聞こえてきた瞬間の舞い上がるような高揚感を、ほんの少し。

 貰い物のビデオテープ、これは一度見たっきりだ。どちらかというとくれた相手の思い出の方が強い。大人びた洋画は制服姿の私にはまだ少し早かった。それだけに、勧めてくれた先輩は大人に思えた。

 生まれて初めて自分で買ったCDは、手放さずに持っていよう。いつでも私をあの頃に戻してくれるから。埃を拭うと、ラックに並んだCDの背に古めかしさは感じなくなった。

 雑誌は紐で括って処分するとして、その他の漫画や活字本には手を出さないことにした。うっかり読み出して手が止まるに決まっている。思い出して読み返したくなった時に困らないよう、本棚に並べ直すだけにした。

 自分の柄じゃない、照れくさくて一度も使わなかったアクセサリーは、それでも愛着だけはあって捨てがたい。かさばるものでもないし、もしかしたらまた流行が巡ってくるときが来るかもしれない。もしかしないとは思うが、これも思い出と思って丁重に仕舞った。

 洋服は、着れるけど着ないだろうものはリサイクルに出せるようにまとめ、まだ着る気持ちがあるものだけたたみ直した。着れないと着ないの境界線は、案外曖昧だ。ここ数年着た覚えのない服は機械的にリサイクル行きと決めて袋に突っ込むことにした。どうせ溜めておいても、また新しい服が欲しくなるのは目に見えているし、それだったらおとなしく予算に化けてもらった方がきっと建設的だろう。捨てるのはもったいないし。

 もう何十年も同じ家に暮らしているのだから掃除だって何度もしているはずなのに、部屋の奥深くに眠っていた荷物たちはまるで卒業アルバムのように記憶を呼び起こす。そんな中で、私の手を決定的に止めたのは一枚の葉書だった。

 一年ごとにまとめていた年賀状のうちの一枚、そのたった一枚は楕円にくり抜かれた二人の晴れ姿が印刷されたものだった。受け取ってからすぐにしまい込んでしまったから、色褪せもせずにきれいな状態を保っていた。それこそ、まるで昨日届いたみたいに。

 二度ためらってから、電話をかけた。つながったらなんて喋ろうか、どんな声を出せばいいだろう、もしかしたらこの数年のうちに番号を変えているかも、と思考がとっちらかるのをまとめるより先に、呼び出し音はすんなりと止んだ。

 もしもし、と言う懐かしい声は、以前と変わらない様子で私の名を呼んだ。

「ひさしぶり。元気してた?」

 自然と、私も気張ることなく声が出た。

「荷造りするんで掃除してたら、懐かしくなって。……うん、そう、年賀状見つけたの。それで、どうしてるかなって思って」

 電話の向こうは思いの外にぎやかだったが、それでも彼の声ははっきりと聞き取れた。

「そっちも今日は休み? ……そっか、連休だもんね、家族サービスするんだ」

 年賀状に目を落とす。これを受け取った時は、また笑って話をすることがあるなんて想像もできなかった。それも、こんな穏やかな気持ちで。

「うん、引っ越しするんだ。私もね、結婚することになったの」

 部屋の中は静かなものだったので、電話口からもれ聞こえた子どものはしゃぐ声は一際大きく聞こえた。

「男の子だっけ、やんちゃみたいだね」

 幸せそうで良かった。素直にそう思えた。

  「急にごめんね。でも、元気そうで良かった。……うん、ありがとう。それじゃあ、元気で」

 電話を切って部屋に目を戻すと、少し日が暮れてきたことに気づいた。開け放った窓から差し込む光が赤みを帯びている。一日かけて掃除して、まだ終わってこそいないものの、だいぶすっきりしたな、と俯瞰で見てようやく思えた。

 さて、と気合を入れ直して、私は掃除を再開した。







  了








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