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鬼の居ぬ間に


「……準備はできたか?」

 薄暗がりで男がささやく。

「ええ、何とか間に合いそう」

 すぐ傍にいた女がそう答えると、男は小さく笑った。

「驚くだろうな、まさか自分にこんなものが降りかかるなんて思ってないだろう」
「そうね、どんな顔するかしら」
「見ものだな」

 ここまでは計画通りに進んでいる。手慣らしに獲物を切り刻む手に迷いはなかったし、二人がかりでたっぷりと料理してやった。その甲斐あって、決して慢心には留まらない自信が二人の内には生まれていた。このまま行けば、順当に、ターゲットをしとめることができるだろう――その喜びが二人を高揚させた。ここに潜んでいることすら、ターゲットには思いも寄らないに違いない。

 あと数分。仕事を終えたターゲットはすっかり肩の力を抜いてここを訪れるだろう。下調べに抜かりはない。今日は寄り道もせず、真っ直ぐに、何の警戒も無しにやってくるだろう。

「ねえ、先に火をつけるのはどう?」

 率先してアイデアを出すのはいつも女の方だった。

「いいな、それ。きっと驚くぞ」
「明かりを消して、何も見えなくして、不意を撃つの。きっと効くわ」

 女は男が頷くのを見て、迷いなく、視界を得るのに残しておいた明かりを打ち消す。残ったのは微かに覗く月明かりだけ。ターゲットが現れる頃には目も慣れるだろう。試しにライターを取り出して擦ると、二人のにやついた笑みが暗闇に浮かんだ。

 程なくして、足音が響いた。ターゲットのものであろう靴音が階段を上がってくる。カツンカツンと鉄を叩く高い音が二人の高揚を更に煽る。一歩一歩が如実に感じられるほど、二人は集中していた。失敗は許されない、だが二人には事を成すだけの自信があった。これまでターゲットに悟られないよう細心の注意を払って準備を重ねてきたのだ。失敗するはずがない。二人は息をひそめ、その瞬間の訪れを待ちかまえた。

 そして、扉が開かれた。

 暗闇の中で、パァンという乾いた音が鳴り響く。頭の中で幾度となく繰り返したシミュレーション通り、ターゲットはそれを避けることはできなかった。ただその場に立ち尽くし、吹き出した音の塊を一身に浴びた。

 それに続いて降り注ぐ、色とりどりの折り紙でできた花吹雪。既に体に浴びていた紙の帯と相まって、ターゲットを彩っている。台所から漂う、初めて作ったにしては美味しそうなカレーの匂いがターゲットの鼻に届いた。

 クラッカーの残骸を放り出して、姉弟はろうそくの灯り揺れるホールケーキを突き出した。

「お誕生日おめでとう、ママ!」







  了








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