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My little lover


「……まだ怒ってるのか?」
「そうよ。わかんないの? そんなんだからダメって言われるのよ」
「なんだよ、ダメって。ちゃんとやってるだろ、俺は」
「自分じゃわかんないんだ、かわいそう。とりあえず、ネクタイ、曲がってるけど。襟もへたってるし」
「……いいんだよ、今日はもう仕事上がったんだから。そっちこそ、人に言えるのかよ」
「何よ、どういう意味?」
「さっき、鞄、開けてたろ。中ぐちゃぐちゃだった」
「…………」
「携帯見つかんないとか、どうなの」
「たまたまよ、たまたま」
「いつもあんなんだろ、おまえ。余計なもの入れすぎなんだよ。化粧品とか、あんなに入れてどうするんだ」
「いいの、わかんないでしょ、どうせ。そっちはもうちょっとさあ、身なりって言うか、雑誌とか見ないの? 最近おっさん入ってきてる気がするんだけど」
「入ってるとか言うな。気分悪い」
「かれいしゅう」
「言うな!」
「――わっ」
「……おい気をつけろよ。ちゃんとつかまってろ、バス、揺れるんだから」
「うるさいなあ、つかまってるよ」
「吊り革、届かないんじゃないの」
「手すりがあるからいいの。……頭なでんな!」
「まあまあ」
「うっさい! 遺伝でしょ、これ。母親譲りだったら良かったのに……」
「きっと伸びるよ、まだ大丈夫じゃねえの」
「うっさい。ほんとうっさい。てかうざい」
「まあそう言うなよ。……次か、降りるの」
「そう」
「なんか緊張してきた」
「へたれ」
「仕方ないだろ、恐えんだから。あと言葉選べ」
「一緒に行ったげるって」
「そうだけど……」
「会わなきゃ話進まないんだから、覚悟決めてしゃきっとしてよ」
「おまえは毎日会ってるだろうからいいだろうけどな、こっちは会うのだって久々なんだぞ」
「自業自得でしょ。会うって言ってくれたんだからいいじゃん。前進してるよ。あと頑張って」
「軽く言うなよ……」
「みっともないなあ、うじうじしないでよ。……ほら、着いた。降りるよ」
「ひっぱんなって」
「行きたくないなあ、帰りたいなあ……って顔に書いてある。ひっぱんなきゃ降りなさそう」
「降りるよ、降りますよ」
「まったく……このまま離婚とかやめてよね」
「不吉なこと言うな」
「結婚早いと駄目になりやすいとか言うじゃん。デキ婚だし」
「そういうことをおまえが言うな」
「これ最後のチャンスだろうしさ、しっかりやってよね」
「……最後とか言うな、行きづらい」
「気合入れろって言ってんの。土下座でも何でもして、許してもらってよ」
「……土下座って効くのかね、実際」
「まあ、余計へたれに見えるだけかもしれないけど」
「へたれ言うな」
「とりあえず、謝罪の意は伝わる。悪いとは思ってんでしょ?」
「そりゃ、まあ、悪いのは俺だろうけど」
「あ」
「なんだよ」
「自分も被害者だとか思ってんでしょ」
「……思ってないよ」
「うそ。カモられたんだか何だか知らないけど、そもそもキャバクラなんか行かなきゃ良かったんじゃん。だから怒ってんでしょうが」
「いや、だから、それは付き合いっていうかさ、上司にそういうの好きな人がいて……」
「あー、はいはい。それ、地雷ね。直接言ったら即アウト。悪いのは俺ですごめんなさい。そう言え」
「いや、だって……」
「ほら、入った入った」
「いや、ちょ、ちょ、ちょ、待て。ちょっと待て」
「なに」
「……準備ができてない。心の準備」
「いいから、入る」
「ちょ、ちょ」
「玄関前でじたばたしたってみっともないだけだよ。窓から見えるし」
「うそ、見てる?」
「知んない。いいから諦めろ」
「あ、ちょ、まだ開けんなって……」
「はい、さっさと入る」
「……そういう強引なとこばっかり母親に似やがって……」
「はいはい、へたれに似なくて良かったねー」
「へたれ言うな!」
「いいから早くママと仲直りしてよね、パパ」







  了








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