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セレブレイト


「……うん……うん、わかった。ドレスに合わせてシンプルめに、ね。ホワイト基調でいいよね? ピンクとか入れる? ……オッケ、大丈夫、派手にはしないよ。清楚でお美しい花嫁さんだもん、わかってますって」

 携帯電話を肩と耳で挟みつつ、手近な白紙にメモを取る。白、ちょいピンク、寒色より暖色、パール可、ビーズ可、金属はあんまり、清楚。「清楚」だけぐるぐると囲んで、その近くに「かわいい!」とか「きれい!」とか雑に書き加える。

「ドレスの試着の時にでも写真撮ってさ、送ってよ。こっちも試作したら送るからさ。都合つくなら直接会って試着してもらいたいけど……まあ忙しいよね。時間あったらでいいから、うん」

 ついでに話しながら花嫁姿の彼女を想像して下手な落書きをする。どんなドレスだってきっと彼女はきれいだろうけど、せっかくの大舞台なのだからこれ以上ないってくらいの一張羅を着て欲しい。お色直しも何回だってして欲しい。話していると、彼女にとって衣装選びが一番悩ましくて一番楽しい作業のようだった。

「うん、それじゃあまた、とりあえず今週中には試作の写真送れると思うから……え、やだ、すごくないって、これでご飯食べてるんだから。……いや、大丈夫、そんなに忙しくないのよ、実際。無理はしません、はい……はい、わかった、うん、そっちも無理しないでよー、主役なんだから。……うん、それじゃあね」

 相変わらず彼女との電話は長くなる。ずっと話していたいくらいに楽しいのだから仕方がない。

 さて、と手元に溜まったメモと落書きを見て、改めてちゃんとしたデザインを進めることにする。

 何はなくともまずはティアラだ。花嫁といえばティアラ、というくらいに彼女にも憧れがあるらしい。温かい栗色の、柔らかい髪に合うように作ろう。つけ慣れているようなものでもないから、簡単に、でもしっかりとつけるために土台から考えなくてはならない。そもそも仕事でティアラは作ったことがないからまずは資料集めか。初めての仕事が彼女のためなんて、なんて心躍るんだろう。愛用のノートパソコンを引っ張ってきて、ティアラ、ブライダル、と片っ端から検索してみる。ついでに材料も目星をつけて、デザイン画の端に書き足しておいた。最後にまとめて発注することにする。

 それからネックレス。これはもう、デッコデコに、デコルテを埋めるくらいにするつもりだ。でも決して重くはならないように。あくまで主役はドレス、そして花嫁だ。鎖骨に沿うようにセクシーなラインにしつつ、いやらしくはならないように。念のため首周りがあいていないドレスを選んだ時のために、いくつかデザインしておこう。どんな要望にも柔軟に応えられてこそのプロだから、ここは腕の見せ所だ。

 あと、ブレスレットもつけよう。彼女の華奢な手首を思い出しながら、さっとペンを走らせる。手の甲まで沿うような、繊細で豪奢な作りにしよう。レースの手袋を飾るようなイメージだ。これは是非色味を合わせたいから、彼女からのドレスの写真待ちになる。とりあえず形だけ、いくつか案を出しておこう。

 それから指輪。アクセサリーといえば指輪だ。細い細い彼女の指は5号に近い7号だから、それに合うように作らないと――と、そこまで考えて、手癖に任せて書いてしまって気づく。こんなもの、何の役にも立たない。だって、指輪の準備は新郎の仕事だから。私がどれだけ勢い込んでデザインしたところで、何よりも花嫁にふさわしい指輪を作り上げたところで、それが彼女の指にはめられることはないのだ。

 パソコンとデザイン画を抱えて、ひとまず手持ちの材料を見てみようといつもの作業台へ向かう。パソコンのモニターに検索結果の画像を映して、その隣に勝手知ったる材料ボックスから白系のビーズを集めて並べる。まっさらなホワイト、ほんのりと色づいたオフホワイト、彼女の肌に似たペールピンク。中間色も合わせてグラデーションにするのもいいかもしれない。できればドレスとも彼女の肌にも合う色を選んで、最も映える色味にしたい。

 彼女はどんなドレスを着るのだろう。電話ではシンプルなものにするつもりと言っていた。それでも花嫁だ、彼女の性格を考えてもレースで彩られたゴージャスなものに目移りすることもあるだろう。最近流行っているらしいミニのドレスを着たりはするだろうか。いや、膝を出す彼女は想像できない。普段から露出は控えているし、きっと好みじゃないだろう。肩は出すだろうか。ちょっと大胆だけれど、そのくらいなら思い切って着るかもしれない。なんと言っても一生に一度になるだろう、憧れの瞬間なのだから。

 ああ、彼女は結婚する。結婚してしまうのだ。

 発作的にデザイン画に手を伸ばす。握り潰してしまいたい衝動にかられた手をどうにか抑えて、それでも抑えきれなくて、出来損ないの指輪のデザインだけ、目一杯ぐしゃぐしゃにした。

 彼女が結婚してしまう。私の知らない男に嫁いでしまう。

 どうしようもない寂しさと悲しさに襲われて、私は泣いた。

 大好きだった。愛してる。愛してるのに。誰よりも強く彼女を愛しているのに。

 どうして私は隣にいられないんだろう。

 こぼれた涙は顎を伝ってビーズの山に落ち、消えた。それも、すぐに乾くだろう。最後まで伝えることのなかった恋心のように、彼女に届くことなく。







  了








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