本当にこの人に頼って大丈夫なんだろうか、と不安がよぎる。そのせいか声が大きくなった。

 が、どうやらそれは効果があったらしい。

「わかりました! ちょっと待っててください!」

 エンジンに火が入ったのか、隣人の男性は強気にそう告げると足音を残してその場から去った。救世主にふさわしい声だ。私は安心した。

 しばらくして戻ってきた隣人は、まだ強気だった。

「もう少しの辛抱です! もう少しで助けが来ますから!」

 助けが来る? 救世主自ら助けに赴いてくれるわけではないのか。まあ、この際細かいことはどうでもいい。とにかく、私は助かったのだ。私は救世主を信じて「助け」を待った。

 ……? 何だか、外が騒がしいような気がする。気のせいだろうか? 確かめようにも外を覗くには窓はあまりに小さい。

 ぎくりとする。遠くから聞こえるこの音は、まさか……。

「あの……」

「はい、何ですか?」

 憎々しいくらいハキハキとした隣人の声。私は、何でもないです、と答えた。この音の正体を知るのが恐かったのだ。

「ああ、やっと来ましたね。聞こえます? サイレン」

 隣人はいらんことを言った。やはりそうか。このウーウーウーウー言っているのはサイレンか。しかし、隣人よ、一体何台寄越させた? これは、一台や二台の音ではない。その音を聞きつけてドアを開ける音があちらこちらから聞こえる。

 引っ越してきて間もないというのに、こんな騒ぎを起こす羽目になるなんて……。しかも、私は裸である。どこを怪我したわけでも、犯罪に巻き込まれたわけでもないのに、裸の救出劇が待っているのである。あの台数だ、さぞかし大人数でやってくるのだろう。そしてそのほとんど、ひょっとしたら全員が、見も知らぬ男なのである。

 ――悪夢だ。

 その私の呟きはけたたましく鳴り響くサイレンにかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。






  エピソードBCA 「悪夢」









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