もう、無理だ。私はその場にしゃがみ込んで泣いた。世の中全てが嫌いになりそうだった。

 湯船に戻り、膝を抱える。水面に映る自分の顔が哀れに見えた。

 どうして私ばっかりこんな目に遭うんだろう?

 世の中は順調に進んでいるのに。

 何度目かの溜め息が出た。世界中の不幸が私に集中しているように思えた。

「――今日子?」

 一瞬、幻聴かと思った。

「今日子?」

 それから湯船を飛び出してドアを叩いた。自分の耳にもうるさいくらいに。

「こっち! お風呂! 早く来てよ!」

「……何してんの」

 彼は相変わらずの無関心さで私の神経を逆撫でする。

「わかんないの? 閉じ込められてるんだってば! 早くここ開けてよ!」

 彼は何やらドアをガチャガチャと鳴らすと、こともなげにこう言った。

「無理みたいだな」

「そんな!」

「無理なものは無理だ」

 冷ややかな声。私がこんな目に遭っているのに、どうしてこんなに冷静でいられるんだろう? 理解できない。

「何とかしてよ!」

「……大家呼んでやるから、黙ってろよ」

「え?」

「携帯に番号入れてるんだろ?」

 私の返事を聞くより先に、彼は洗面所を出ようとする。

「ちょ、ちょっと待ってよ! 本気なの?」

「こんな嘘吐いてどうするんだよ」

「だって、大家さん男の人だよ? 私、裸なんだよ!」

 ありったけの大声で叫ぶ。ひょっとしたら、さっきまで助けを呼んでいた声よりも大きい。

「男って言ってもじいさんだろ。裸なんて、別に減るもんでもないし」

 彼はそう答えると、私の異議を一切聞かずに洗面所を出た。私はドアを叩いて講義したが、手が痛くなっただけだった。

 すぐに戻ってきた彼は、あっさりとこう言った。

「すぐ来るってさ。じゃあな」

 それっきり、部屋を出て戻ってこなかった。私はまたへたり込んだ。

 これから自分がどんな目に遭うのかを想像すると、目眩がした。






  エピソードBAB 「救世主は現れない」









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