諦めてたまるもんか。やっているうちに何かの弾みで開くかもしれない。そのうち誰かが来るかもしれない。望みはいくらでもある。

 私は再びドアを開けようと試みた。やれることはやった方がいい。ガタガタとドアを揺らしながら、バカになっているノブを回してみたり叩いてみたりする。音を聞きつけて誰か来るかもしれないと、できるだけ大きな音を立てながら。

 でも、いくらやっても事態は発展しなかった。ドアは開かなかったし、誰も来なかった。

 私は動き続けた。人の通れる大きさもない窓を開けようとしたり、素手でドアを殴ったりした。無意味だとわかっていても、何かしていないと不安で仕方なかった。

 だから私は、一人で泣くわけにはいかなかった。

「――今日子?」

 一瞬、幻聴かと思った。

「今日子?」

 それから、ドアを叩いた。必死になって、半分泣きながら。

「――助けて!」

「……何してんの」

 その台詞も、私には救いの言葉に聞こえた。ドアの曇りガラスに佑司の姿が透けて見えることに、とても安心できた。

「ドア、壊れちゃったみたいで……そっちから、開けられない?」

 安堵感からか、声が震えた。

 ガタガタガチャガチャと音を立てながらドアが揺れる。が、それでも開くことはなかった。

「無理みたいだな」

 そんな、と言おうとしたらくしゃみに打ち消された。情けなくて泣けてくる。

「風呂、入ってろよ。風邪ひくぞ」

「う、うん」

 湯に浸かる前に、もう一度くしゃみが出た。気付かないうちにずいぶんと冷えていたらしい。

「大丈夫か?」

 うん、と返事をした後に、ふと思った。

 ……こんなに優しい声、どれくらい振りだろう?

「どれくらい閉じ込められてるんだ?」

「……今、何時?」

「十時」

「じゃあ、三時間半」

 佑司の溜め息が聞こえた。

「……そこにいろよ。できれば何か体の前に置いとけ」

「え?」

「どうせ壊れてるんだし、少しくらい無茶してもいいだろ?」

「無茶って……何する気?」

 言いながら洗面器を引き寄せる。三時間半なかった事態の変化に、私の心臓は高鳴った。

「蹴る」

「ええっ!?」

「ガラス割れるかもしれないから、気を付けろよ」

 どうやら私の声は佑司には届いていないらしい。私は洗面器をかぶるように構えた。

「いくぞ」

 空気の大きな振動。直後に急激な静寂が襲ってくる。私は恐る恐る顔を上げた。

「……大丈夫か?」

 すぐ近くから聞こえる佑司の声。ちょっと、泣けた。

「……佑司、足、痛くないの?」

 佑司は靴下でバスルームに入っていた。一応避けてはいるらしいが、ガラスの破片は一面に散らばっていた。

「いいから、ほら」

 佑司は私の手を取り、支えた。

「つかまれ。運ぶから」

「で、でも……」

「裸足だとガラスで切るだろ」

 相変わらず佑司は私の言うことを聞かない。

「濡れちゃうよ」

「いいから」

 今更裸を見られてどうこう言う仲でもないが、この時ばかりは照れてしまった。佑司がいつになく真剣そうに見えたから。

 佑司に軽々と抱き上げられ、私は思わず笑ってしまった。

「……何?」

「……何でもない」

 幸せなんだな、と思った。最近は散々だと思っていたけれど、でも、私は幸せなんだ。だって、私も佑司もケンカのことなんて忘れてしまった。

「佑司」

 洗面所に降ろされた私は、足の裏を気にしないようにしている佑司に言った。

「ありがとう」






  エピソードBAA 「彼は救世主」









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