それは、剃刀だった。剥き出しの刃が冷え冷えと光っている。

 私は本能の声に従い、それを手首に当てた。冷たい感触だった。唯一私を救ってくれそうな冷たさ。

 ためらいはなかった。私が取るべき道は、他に見つからなかったから。

 ああ、私の体の中を流れるこの赤い液体は、こんなにも温かいのか。

 その温かさは湯船に滴り、広がっていく。体が赤く染まっていくのを、私は見つめ続けた。

 きれいだ、と思った。私は初めて、自分の体をきれいだと思った。そしてそれが最後になるであろうことがわかっていた。

 それでいい。

 そう思って逝けるのは、私の最後の救いになった。






  エピソードABB 「赤い温もり」









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