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まちがいさがし -page2

 結局この後も長々と話は続いたのだけれど、思った通り、進展はなかった。月乃ちゃんは僕を頑なに拒否するか中傷するかだったし、月子はやんわりフォローしたりたまにのろけてくれたりするくらいで、進展するはずがなかった。傍目に聞いていても、平行線を辿っているのは火を見るより明らかだ。
 で、気が付いたら三人で食卓を囲んでいた。もちろん提案したのは月子で、テーブルに並ぶ品々を作ったのも月子だった。時間が時間だということで、せっかくだから、と月子が推しての夕食会である。僕と月乃ちゃんに、それを断ることはできなかった。唯一にして最大の共通点だと思う。僕らは月子に弱い。
 とはいえ、その食事風景にしたって和やかにとはいかなかった。月乃ちゃんは何度言っても僕に醤油を取ってくれることはなかったし、一度として目を合わすこともなく、僕の分の食器だけ洗わずにいた。気持ちにゆとりがなかったせいで、月子の初めての手料理だというのに、ちゃんと味わえなかったことだけが惜しい。嫌というほど距離感を思い知った僕は、食事に同席できただけ奇跡だったと思うことにして、おとなしく退散する運びとなった。玄関まで、一応、二人とも来てくれた。
「二度と来ないでくれる? 大学でも会わないでくれると嬉しいんだけどな」
 見送りの言葉として、これは、なかなか、どうして、心が痛い。
「月乃ちゃん、どうして保さんにそんなにいじわる言うの? 今までの人には、そこまできつく言わなかったのに」
「だって、月子、いつもと違うから」
「いつもと違うって?」
「……あんたにはむかつくから言わない」
 ああ会話してくれた、と思う辺り、今日一日でどれだけ疲弊したかわかって頂けるかと思う。
「やっぱり、駅まで送ります」
「いいよ、大丈夫。その後の月子の方が心配だしね」
 納得しない月子をどうにか収めて(ここで送らせた日にはもはや月乃ちゃんと友好を築く手立てがなくなりそうだ)、ついでにふつふつとわき上がる不平不満を自分の腹にどうにか収めて、精一杯の笑顔を返す。
「それじゃあ、お邪魔しました。夕飯もごちそうさま」
「お粗末さまでした」
 月子の目一杯の笑顔で、どうにか心の平穏を保つ。うん、来て良かった。すぐ隣にいる仏頂面さえ目に入らなければ、素直にそう思える。
「……また明日、学校で」
 言った者勝ちだとばかりに、月乃ちゃんの方は見ずに僕はそう言い逃げた。ほんの少しだけ、いい気味だと思いながら。

 しかし、次の日からは、大学構内で月乃ちゃんはおろか月子に会うことすらままならなかった。一度捜し歩いていて二人が揃っているところに出くわしたものの、先に月乃ちゃんに見つかったせいで引き離されたし、前に月子が言っていた通り学年が違えば頻繁に巡り会うこともない。携帯電話に掛けてもまた着信拒否にされているし、見られるかもと思うと迂闊なメールは打てないし、そうこうしている間に一週間が過ぎてしまった。
 なんてこった、と溜め息が出た。たった一人の邪魔が入るだけで、こんなに遠くなってしまうなんて。こうなったらこちらから向こうのアパートに押し掛けて直談判するしかないだろうか、と腹を括ろうかという時に、電話が来た。月子から聞いて一応登録だけしていた、月乃ちゃんの電話から。しばらく液晶画面を見つめて固まってから、謹んで、出させて頂いた。
「……もしもし」
「保さん? 私、月子です」
 あれ、とうっかり声に出すのをこらえてから、どうしてこらえなきゃいけないんだと軽く混乱した。良かった、出てくれて、と続ける声を慎重に吟味する。この声は、本当に、月子なのだろうか。そう考え始めてしまったら、もう駄目だった。
「……どうして、その電話から?」
 恐る恐る探りを入れてみる。本当に月子が掛けて来たにせよ、月乃ちゃんが月子の振りをしているにせよ、月乃ちゃんの電話から掛けてくる意味がわからない。
「月乃ちゃん、また私の携帯電話持って行っちゃって。お返しに勝手に借りちゃってます。この間番号を教えてもらった時に、番号、覚えたから」
 なるほど、完璧な答えではある。問題は、それが用意されていたものなのかどうかだ。ここ数日で学んだ限り、月乃ちゃんは手段こそ強引だがなかなか賢いのである。
 さて、もし本当に月子だとしたらこんなに嬉しいことはない。一週間溜まりに溜まった思いを語り尽くしたいところなのだけれど、そこで「なに調子乗ってんの?」とでも返されようものなら再起不能は間違いない。というか、そうなってしまったら居たたまれなさで消え入りたくなる。
 わかれよ、俺。彼女だろ。
「保さん? 聞こえてます?」
 どう頑張って聞いても月子の声にしか聞こえないのに、前科が足枷になって上手く声が出なかった。
「……今から、会えないかな」
 そう返したのは、実に情けない苦肉の策だった。
「今から、ですか?」
「うん、直接話したいんだ。二人で」
 会えばわかるんだ、だから。思惑をぐいと飲み込んで、返事を待つ。名前を呼ぶことはできなかった。
「わかりました。私も会いたい」
 呆気ないほど簡単に同意を得られたことに、ほっとして、胃が痛んだ。

 待ち合わせた駅前に着いた時、向こうは既に待ち構えていた。上は短い丈のワンピースで、膝から下にジーンズの脚が覗いている。ワンピース自体はふわふわと揺れていて、月子でも月乃ちゃんでも着ていそうな格好だ。ただ、両腕をがっちり組んで、僕を睨み付けているわけだけれど。
「何の話があるって?」
 その言い方が挑発的なものだから、むきになって言い返さないように抑えるのにちょっと時間が必要だった。
「……話くらいあるよ、付き合ってるんだから」
 まあ、まるきり挑発に乗らずにいられるほど、僕は大人ではないんであった。
 ここに月乃ちゃんがいるということは、やはりさっきの電話は月子からではなかったんだろうか。でも、いや、だって、と頭の中がぐるぐる回る。
 なんで、こんな思いしなくちゃならないんだろう。
「もう、邪魔しないでくれないか」
 半ば八つ当たりだとは自分でもわかっていた。
「……邪魔? あたし、何か邪魔なんてしたことあったかな?」
 もちろん、八つ当たりだけでこんな薄暗い気持ちになるわけがない。
「いつもしてるじゃないか。僕からの電話を切ったり、月子の電話を隠したり、大学じゃ月子連れて逃げるし――今だって、月子が電話で僕と会う話をしてたから、押し退けて代わりに来たんじゃないのか」
 やっぱりさっきの電話の相手は月子だと信じて、僕はそう言い放った。勢いに任せて口から出てきたと言った方が正しいかもしれない。とにかく僕は苛ついていて、もういい加減限界だった。
 月乃ちゃんは反論しなかった。いつもより少し真面目な顔付きで僕を見返している。僕も負けじと目を離さない。睨む、とまではいかないのは、別に険悪になりたいわけじゃないからだ。仕業は憎らしいけど、月子の妹だし、月子の大好きな子なわけで、仲良くなりたいと、思ってはいるのだ、僕は。
「別に、月子じゃなくてもいいんじゃないの」
「……何言ってるんだ」
「いつも可愛い可愛い言ってるみたいだけど、それってちょっとタイプだってだけでしょ? だったら、別に月子じゃなくてもいいじゃん。似たような感じでもっと楽に付き合える子ならさ、いくらでもいるでしょ」
 どうして、この子は、こんなに。
「――言わせてもらうけど、見た目だけで付き合えるほど人間関係割り切れる性格してないよ。そりゃ可愛いよ、月子は。でもそれは中身だってそうだし、仕草も言葉遣いも全部そうなんだよ。君だってそんなに月子が好きならわかるだろ? 僕が好きなのは月子なんだから、月子が好きで付き合ってるんだから――君にそんなふうに文句を言われる筋合いはない」
 言い切った後、息が切れている自分に気付いた。かろうじて声こそ抑えたものの、言い方としてはかなりのものだったろう。普段怒り慣れてない性格なもので、心臓がばくばくしていた。
 とんでもなく長い(ような気がする)沈黙が続いて、先に口を開いたのは向こうだった。
「――良かった」
 そう言って返ってきた満面の笑みに、僕の心臓は、ちょっと止まった。
「つ……月、子?」
「うん、そうです」
 僕は驚く間もなく、声も出せずに呆然とした。電話で月乃ちゃんと初めて話した時と同じだ。あの時と同じ、いや、ショックはもっと強い。声真似だけじゃないなんて聞いてない。
 月子は呆けた僕をにこにこ見つつ、嘘ついてごめんなさい、とぺこりと頭を下げた。次いで、でも、と頭を上げる。
「嬉しかったです、すごく。私ばっかり好きなんじゃないってわかったし」
 ものすごく嬉しいことを言われているような気がするけど、脳内処理が追い付かない。
「……電話は?」
 わたし、と月子が自分を指差す。進歩はした、と評価してもらえるだろうか。無理だと思うけど。
「月乃ちゃんはああ言うけど、私はいいんですよ。保さんが私と月乃ちゃんを同じくらい好きでいてくれたら」
 そう言いながら、月子は僕に背を向ける。
「でも、見て、わかってくれたら、もっと嬉しいです」
 はい、ごめんなさい。まったく面目ない。
「精進します……」
 僕は月子を追い、隣に並びながらうなだれた。情けないことこの上ない。本当に、月子は僕のどの辺りを見て「頼りになる殿方」なんて評価をくれたんだろう。自分のことながら理解に苦しむ。
 と、不意に僕の手をぎゅっと握る華奢な手があった。
「わかるようになるまで一緒にいてくれなきゃ、嫌ですよ」
 隣を見ると、必殺の上目遣いで僕を見上げて面映い笑顔を浮かべた月子がいた。
 ああ、やっぱり、敵いませんよ。末永くよろしくお願いしますと、照れ笑いを浮かべながらそう返す。まったく、僕の彼女は最強なんであった。

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  御題 「双子」

 euko様、1001ヒット報告ならびに御題提供ありがとうございました。
 キリ番が鏡合わせだったので、似てない双子にしてみました。いかがでしたでしょうか。
 いつもの雰囲気からはちょっと浮いてますが、物凄く素直に書けました。楽ちんでした、正直。
 コメディの力は、もっと欲しいなあと思うこと頻りでしたが。精進します、はい。

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