一縷の望みをかけて、私は大きく息を吸い込んだ。

「誰かー! 助けてー!」

 言い終ると同時に耳を澄ます。自分の心臓の音が邪魔だった。しばらく待ったが、返事は聞こえてこなかった。

「誰かー!! 助けてー!!」

 倍増した不安に飲み込まれまいと、私は再び叫んだ。ほとんど泣き声に近い声で。

「あの」

 私は出しかけた叫びを飲み込んだ。

 ……今のは、空耳だろうか? また聞こえてくるかもしれなかったので、私は黙った。私に残された唯一の命綱なのだから、聞き逃すわけにはいかない。空耳だと思ったのは忘れることにして、私は待った。

「……どうかしたんですか?」

 聞こえた! 右手の壁の向こうからだった。壁の薄いアパートに、初めて、心からありがたいと思う。私は壁の向こうに話しかけた。

「あの、私の声、聞こえますか?」

「ええ、聞こえます」

 隣の部屋の住人であろうその人は、声を聞く限り若い男の人のようだった。こういう人を救世主と呼ぶんじゃないかと思う。

「あの、お風呂のドアが壊れちゃったみたいで、閉じ込められてるんです」

 ああ、声が震える。人と会話することで、張り詰めた気持ちが緩んだようだった。

「それで、その、どうにかして出ようとしたんですけど、全然駄目で」

 次第に言っていることが支離滅裂になってくる。涙も出てきた。

「それで、ええと……」

 駄目だ。ちゃんと喋らなきゃ。落ち着け、私。

「どう……しましょうか?」

 それは壁の向こうから聞こえた。私はちょっと気弱な救世主に言った。

  A.「どうでもいいから早く助けて!」
  B.「どう……しましょう」