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不運な男

 どうしてこんなことになったのか――そう問われれば、全くの不運だったとしか言いようがない。その不運のために俺はこんな暗闇に隠れ、身ぐるみを剥がれた格好のまま手足を動かすことすらできないような状況に追い込まれてしまったのだ。敵はまだ俺に気付いてはいないようだったが、暗闇は狭く、沈黙していて、わずかな身じろぎさえ命取りに思えた。
 布一枚隔てた暗闇の向こうから声が聞こえる。男女とおぼしき二人の怒号。言い争いは激しさを増し、次第に鋭さを帯びる。俺には立ちすくむ以外の選択肢はなく、一刻も早く事の収まるのを待った。ここさえ乗り切れば逃げ出すチャンスも出てくるかもしれない。それまでの辛抱だ。
「ここにいるのはわかってるんだ、おとなしく出てきたらどうだ!」
 男が一際腹に響く声で怒鳴った。俺は肩がびくつくの抑え、微かな声ももれないようこらえた。男のいらついた足音がみしみしと近付く。いっそ不意打ちでもして血路を開くかと思ったが、ぎりぎりまで寄った足音が少し離れるのを聞き思いとどまった。自棄を起こしてはいけない。奴を倒すのではなく、見つからずに逃げるのが俺の本意なのだから。ここを持ちこたえれば俺の勝ちだ。
 その時、突然眼前に光が満ちた。あまりの眩しさに目を伏せ、手で顔を覆う。指の隙間に仁王立ちする影が見えた。もう駄目だ。もうおしまいだ。
「――こんな男の方がいいって言うのか、お前は!」
 カーテンを剥がした男の後ろで、その女房が顔色をなくしている。全く、ついていない。よりによってよろしくやってる最中に旦那が帰ってきちまうなんて。俺は両手でパンツ一丁の体を隠し、溜め息を吐いた。

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