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 旅の途中で泊まった宿屋でひとり、窓辺から外を見る勇者がいた。漆黒の空には赤い月が浮かび、それは仰ぎ見る勇者の目をも色濃く染めていた。
 まるで血の色だ、と勇者は声もなく呟く。
 月が幾度となく繰り返して空に浮かぶように、戦いは終わりの時を見せない。勇者は世界を救う者として、代々受け継がれてきた血の名の元に、戦い続けている。敵の姿は移り変わるが、絶えないことに変わりはない。
 近頃、勇者は不思議な思いに駆られることが増えた。特にこんな月夜には。
 敵と味方と、一体何が違うというのだろう。勇者の血族と魔王の血族、どちらも引き継がれる血の元で戦いを続ける。どちらかの命が絶たれても、また受け継いだ相手に倒され、争いは決着を見せない。国も世界も移り変わっているというのに、もうずっと前から終わらない旅が続いている。
 多くの敵を倒したが、その代償に多くの味方も失った。誰が敵で誰が味方なのかが違うだけで、それはきっと皆変わらないのではないか。
 そして、その連鎖はいつまでも続くのだ。勇者と魔王、どちらかの血が絶えるまで。
 歴戦の刃を鞘から出し、勇者はそれを掲げる。月明りが刃先を嘗め、赤く染め上げた。もっとも、目に写らないだけで、刃は確かに幾多の血を吸ってはいたが。
 ふと、ごく自然な動きで刃が勇者の喉元に向いた。いつまでも終わらない勇者と魔王の戦い、それを終わらせるのに、一番手っ取り早い手段。勇者が消えれば、魔王は敵を失う。少なくとも、戦いの元に散る命はなくなるだろう。あるいは、勇者が消えれば自ずと魔王も消えるかもしれない。敵を倒したところで、その旅は終えられるのだから。
 刃先が喉の皮膚を薄く破る。滲み出た血液が刃の縁を伝い、月明りと交じった。
 誰もいない部屋の中で、しばらくの間、勇者は身を固くした。ごく落ち着いた呼吸の音と滲む血液だけが流れた。ついに鍔に辿り着いた血が床にぽとりと落ちたところで、勇者は剣先を降ろした。
 勝利を待ち受けるあらゆる味方と、自分を待ち兼ねるあらゆる敵と、それから散っていった命たちを思い返しながら剣を鞘に納め、喉元の血を拭い、勇者は寝床に戻った。明日からまた戦い続けるために、しばしの休息に身を委ねた。
 いつか望んだ形で結末を迎えるまで、彼は旅を続けるだろう。幾多の血を流し、どれだけ傷を増やしながらも、繰り返し剣を抜き、振るい続けるだろう。魔王を打ち倒すその時まで、仲間の死をも踏み越えて戦い続けるしか彼に道はないのだ。
 何故なら彼は、この世界の勇者なのだから。

 そして勇者は気付いてもいる。この旅を終える時、それは新たな旅の始まる時でもあるのだと。そうして続きを選ぶ誰かの手で、旅は続いて行くのだ。あるいは、どこか別の世界ででも。

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