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サンタクロースは死なない

「ホウホウホウ、メリークリスマス! いい子にしていたかな?」
 ベッドの上で目を覚ました女の子は、豊かな髭と真っ赤な衣装に身を包んだ姿を見て、わあっと声を上げた。サンタさんだあ、とまだ少し眠たい間延びした喜びの声を上げながら、私の恰幅のいい腹に飛びついてくる。抱き締め返すときゃっきゃと笑った。
「さあ、プレゼントだよ」
「ありがとう! サンタさん大好き!」
 ぎゅうっと抱きしめてくる手は小さいが、その力は強い。プレゼントの包みは優しく撫でて膝の上に置かれた。
「ねえサンタさん、サンタさんは去年と違うひと?」
「おや、どうしてそう思うんだい」
「なんとなく。違うならいいんだけど」
 賢しげに顔を傾けながら、彼女は続けた。
「ひとりじゃ大変だと思うから、何人かで手分けしてプレゼント配ってるんだと思うの」
「ほほう、よく知ってるね」
「当たり?」
「そうだよ、君は賢い子だね」
 まんまるの小さな頭を撫でてやると、女の子はえくぼを作って目を細めた。ずいぶんと可愛い顔で笑ってくれる。
「じゃあ、サンタさんはほんとに世界中の子供にプレゼントをあげるの?」
「もちろんさ、それが仕事なんだから」
「なんで?」
 この年頃らしい唐突な質問だ。いつの時代も子供はこうして疑問を投げ掛けてくる。
「プレゼントを待ってる子供たちがいるからだよ」
「ふうん」
 疑問が解消されたのかされていないのか、彼女はもう次の疑問を追っているようだった。好奇心の塊。つい微笑ましい気持ちになってしまう。
「自分の子供の分はもうあげたの?」
 たぶん、自分の質問がどういう意味を持つかとか、そんなことは二の次なのだ。疑問を形にして、投げ掛けて、そうして少しずつ答えを見つけていく。そうして大人になっていく。
「まだだよ」
「なんで?」
「うーん……みんなに配り終わったら家に帰るからね、自分の子供にはそのときにあげるんだよ」
「サンタさんの子供もおっきくなったらサンタさんになるの?」
「どうかな、どうだろうね」
 子供、というのは不思議なものだ。私くらいの歳の子だと、間違いなく大人だろうに、それでもきっと私は息子を子供だと思い続けるだろう。
「きっと、大人になったら、大好きな子供のために、プレゼントを用意するんじゃないかな」
 親から子へ、そしてまたその子へ。綿々とつながり、サンタは生き続ける。
「一年いい子にしていたのを見届けて、寝静まるのを待って、一番欲しがっているものを枕元に置くんじゃないかな」
 サンタクロースは世界中にいる。それはつまり、そういうことだ。
「一番大好きな子が一等喜んでくれたら、嬉しいものね」
「じゃあ、私がほしいものもくれるかな」
「おや、君がほしいのはこれじゃないのかな?」
 そう言って星柄の包装紙に包まれた箱を揺する。中身は彼女の大好きな着せ替え人形だ、欲しいプレゼントに間違いないのだが。
「たぶんちがうよ」
「開けてもないのにわかるのかい?」
「わかるよ、一番ほしいものはもっと大きいから。サンタさんくらい、サンタさんよりもっと、大きいから」
 睡魔がしぶとく居座っているのか、女の子はかすかに船を漕いでいる。あるいは、思うところがあってうつむいているだけかもしれない。
「パパがほしいの」
 外に降る雪のせいか、その声はくっきりと聞こえた。
「帰ってきてくれないの。一緒に遊園地に行くって約束したのに」
 パパがどこへ行ってしまったのか、よくはわかっていないのだろう。それでも、もう帰ってこないのかも、とは気づいているのだ。うつむいたまま目をこする姿を見て、そう思う。
「きっとパパも、帰ってきたいって思ってるよ」
「ほんと?」
 強く頷きながら、女の子を寝床に戻す。私の言葉は励みになっただろうか、おとなしく布団をかぶった。
「プレゼントはここに置いておくから、起きたら遊ぶといいよ」
 重いまぶたを懸命に押し上げて、女の子は包みに手を伸ばす。今すぐ遊ぶには、睡魔が邪魔なようだ。
 おやすみ、と額に手を乗せると、女の子はすんなり寝入った。最後に、パパ、と呟いて。
 プレゼントに伸ばされたままの手を布団の中に戻し、私は部屋を出た。三角帽子と髭を取ると、つい深い息がもれた。
 今夜は私も早寝することにしよう。明日の朝、早くにでも出掛けなくてはならない。そして遊園地のチケットを買ってこよう。きれいに包装してもらって、パパからのクリスマスプレゼントだと言って渡そう。
 それが、二度と帰らぬ去年のサンタクロースへの、一番のプレゼントになるだろうから。

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